Χωρα(ホーラ) 死都





題名:Χωρα(ホーラ) 死都
作者:篠田節子
発行:文藝春秋 2008.04.10 初版
価格:\1,476



 どう読み解いたらいいのだろう、という本には滅多に巡り合わないのだけれど、この本は、その滅多に巡り合わない類いの物語であった。幻想小説とでも言うのだろうか。恋愛小説であることは間違いないのだと思う。

   主人公は不倫相手の男性と二人でロンドンからギリシアへ向う。裏道に密やかにたたずむ楽器店で、バイオリン奏者を生業とするヒロインに、男は珍しいバイオリンをプレゼントする。二人はバイオリンを持ち、キプロスに隣接しているあたりの島へ渡るが、それは沈没船から引き揚げられた呪いの楽器のようである。

   島は季節外れであり、二人は長い不倫の果ての別れを予感しつつ、異邦人(エトランジェ)として、エキゾチックな奇妙の世界に迷い込んでゆく。山上の廃墟の跡に、決して存在しないはずの教会を見、幻の女に出会う。幻の女は、バイオリンの頭に掘られたデスマスクのような女の顔と瓜二つであった。

   死都の伝説に耳を傾け、バイオリンがどのような歴史を辿ってきたかを耳にする。二人は自動車事故に遭遇、男は重症を負うが、海は荒れ、帰りのフェリーは来ない。島の中で恋人がゆっくりと死に向って衰弱してゆく様子を見るヒロインは、不倫の罰であると感じる。

   より不思議なことにヒロインの両掌からは、傷もないのに血が流れ出す。修道女たちは、聖痕であり、聖母マリアの祝福だと言うが、どうも気持ちの悪い話である。

   終始モノクロームの世界。嵐の中で分厚い雲に閉ざされた季節外れの孤島から出られない二人は、日本人としてよりも、幻想の物語世界を彷徨う、国籍を持たぬ漂着者のようである。

   正直、人に勧められる小説ではなく、自分でもこれほど楽しめない篠田小説は、『斉藤家の核弾頭』以来じゃないかと、何故か圧迫感さえ感じながら読んだ。自分の体調が悪いのではないかとさえ思う。ホラー、に徹しているわけでもなく、どきどき感もなく、まるで悪夢映画を、まどろみの中でたゆたいつつ鑑賞しているかのような、半覚半醒の体験であった。それが作者の狙いだと言えばそれまでなのだが。

   熟練の文章が、さほどのストーリのーない世界に続いてゆく。罪と神、といった西洋絵画の世界に、いきなり迷い込んだような居心地の悪さがずっと続く。やはり理解を超えた本なのだとしか、言いようがない。

(2008/09/07)
最終更新:2008年09月08日 00:21