聞いてないとは言わせない




題名:聞いてないとは言わせない
原題:Dust Devils (2007)
作者:ジェイムズ・リーズナー James Reasoner
訳者:田村義進
発行:ハヤカワ文庫HM 2008.06.15 初版
価格:\680


 原題のダスト・デヴィルズとは、アメリカ西部で頻発する荒野の小さなつむじ風。一瞬空に向けて砂塵が舞い上がり、竜巻のように天に向けて立ち上がったかと思うと、あっという間に、崩れて消え去ってしまう、とても儚い自然現象のことである。こうした原題であるが、邦題は「聞いてないとは言わせない」。

 主人公の青年は、自分を捨てた母への復讐の旅に出るが、母と思われた女性は、母に成り済ましていた銀行強盗一味の中年女性だった。青年は、彼女の元で働き手として雇われるうちに恋に落ちるが、かつての強盗団仲間が彼女の命を狙い始めた途端、二人は逃亡の旅に出る。

 そこからは、まるでタランティーノの『レザボア・ドッグス』のようだし、ジョン・リドリーの『ネヴァダの犬たち』(で、わからなければオリバー・ストーン監督、ショーン・ペン、ジェニファー・ロペス主演の映画『Uターン』)のようでもある。いずれにせよ、銀行強盗、そして裏切りと追撃、あの悪党パーカー・シリーズが果てしなく繰り返してきたような犯罪者たち同士のせめぎ合いが全編にスピード感を与えながら疾走してゆく。

 ある意味、スタンダードなフィルム・ノワールのようでもある。いわばB級のやすっぽいアクションでありながら、先の読めないサバイバル・ゲームとして、アメリカ中西部の大自然が絶好の舞台を用意している。コーマック・マッカーシーの『地と暴力の国』の世界であり、荒野のハードボイルド作家ジェイムズ・クラムリーのミロとシュグルーたちが酔っ払いながらキャデラックを飛ばす世界であり、テルマとルイーズが主婦業におさらばして拳銃を片手に突っ切ってゆく砂漠の世界でもある。

 アメリカ小説が羨ましい、と感じるのは、こうした中西部の自然をバックに、ガンを持った男や女が、騙し合い、撃ち合い、乾いた血を陽光に曝しながら、破滅に向けて走り抜くことができる自由度の高い世界性の部分である。死体はなかなか発見されず、逃げゆく場所はいくらでもあるように見え、それでいて出し抜かれる。

 この広漠さと、それでいて命をハンティングし合う、この肉食獣たちのせめぎ合いは、やはり日本離れしており、どこまでもアメリカ的だ。そんなスタンダードで、どこと言って特徴のないウェスタンのような物語だが、それでもひねりの聞いたビターテイストが本書には満ちている。とりわけラストのツイストには、がつんとやられる。

 作者は、25年の作家歴を持ちながら、本邦初訳。これだけどっしりとしたエンターテインメントを供給できる作家である。日本出版界、こうした作家を継続的に読者にしっかりとサプライすべし!

(2008/08/17)
最終更新:2008年08月17日 21:55