9・11倶楽部





題名:9・11倶楽部
作者:馳 星周
発行:文藝春秋 2008.7.30 初版
価格:\1,800



 『弥勒世』は、沖縄返還前夜のコザ暴動に材を取り、その裏側で核施設にテロをかけるという言わば凶暴な小説であった。高村薫の『神の火』のような実際の強奪シーンに関しては馳の畑ではなく、それに至る運命を描いてゆくところに彼の小説の重心はあるのだが、いずれにせよ、スケールの大きさという点においては『弥勒世』はある意味馳星周という作家の金字塔である。

 『やつらを高く吊せ』を挟んで、本年立て続けに三冊もの新作刊行となった馳星周は、考えてみればもう油の乗った四十代前半という壮年にさしかかっており、作家的に円熟味を増していっても何ら不思議もないのだが、二十代の頃の、本人曰く「へなちょこ」だった頃の彼の姿しか知らなかったぼくには、彼の成熟振りがいい意味でとても驚きである。

 本書『9・11倶楽部』というセンセーショナルかつラディカルなタイトルは、まさしく馳星周という作家のスケールが一回り大きくなったことをそのまま意味していると捉えてもらって全く問題がないところのものである。さらに、本書はだからと言って奇をてらった種類の作品ではなく、むしろこれまでよりもずっとどっしりと世界に腰を据えている職業人としての主人公を通して、現代日本の都市が抱える問題に真っ向から向き合い、時代に挑戦の狼煙を挙げているような見事な反骨のエンターテインメントとなっている。

 主人公の職業は救急救命士。地下鉄サリン事件で妻子を失い、消防しから転職を果たした四十代と思われる主人公であるところに、これまでの馳星周とは異なる興奮をぼくは覚える。むしろ社会的な職業に着いている主人公なんて馳作品にこれまであったろうか。刑事は別として。まず、そこからの出発が、インパクトのあるタイトルから見れば意外であると言えよう。

 本書では救命士が、ある子供たちの集団を救おうとするところに端を発する。子供たちの集団とは、都知事の浄化作戦により、不法入国の親たちが本国に帰され、残留孤児となった捨て子たちである。彼らは、年長の子らを先頭に秩序だった逞しい子供ファミリーを形成しており、歌舞伎町を中心に集団生活を送っていたのである。

 しかし、救命が彼らの救済に、個人的ながら積極的に関わろうとして行くことで、彼らの生活に変化が起こる。しかしいくつもの葛藤が、いくつもの悲劇が加わってゆき、少年たちの怒りは増幅してゆく。

 馳作品の主人公としては比較的社会的で、安定感のある主人公であったが、家族を失ったことで、子供たちに感情移入せざるを得ない心の弱さがそもそも存在し、そこを突く歌舞伎町という街の悪意、不遇、凶兆などが、すべてを負の方向に持っていってしまうところが馳節というべき筆致なのかと思われ、そこは読む側としても鬼門なのだが、その鬼門を潜ってしか、馳作品は終わりを見ないというのが、作家を作家たらしめている部分なのか、と思う。

 脱皮と継続のさなかで苦闘する作家の心情が見えるような、大人の作品である。いつの間にか、若い不完全な孤独者しか描けなかった作家の筆が、こうした複雑な社会的な存在、家族という輪の中のデリケートな距離感を描くことができるようになったことが、作品全体に一様な安心感を与えている。ぼくら年長の読者も最早心配することなく、手に取り、素直に感情移入することができるようになっていたのだ。いつの間にか。

 ここのところ馳星周という作家の創作活動は予断を許さない。予測し難い、ということである。変貌を遂げ、脱皮を繰り返しつつあるのが、今、彼である。一作たりとも見逃せない、そんな緊迫した気配に満ち満ちてきた。そんなぴりっとした空気がよぎる馳ワールドなのである。

(2008/08/17)