異邦人





題名:異邦人 上/下
原題:Book Of The Dead (2007)
作者:パトリシア・コーンウェル Patricia Cornwell
訳者:相原真理子
発行:講談社文庫 2007.12.26 初刷
価格:各\762

 現在のところ、ケイ・スカーペッタは、サウスカロライナ州チャールストンに新居を構え、民間型の研究施設を運営している。ケイの物語もここのところダイナミックために、変化が激しく、新作を手にするたびに、彼女の所属する組織や役職がわからなくなっている自分に気づく。

 ここのところ、ベントンやルーシーやマリーノと、昔のキャストをそのままに皆で私企業を立ち上げ、それぞれが得意な分野で、公的警察組織の外注仕事を請け負ったりしているようである。元公務員たちが集まって、元の職場に恨まれることなく、そんな事業が経営できるのかどうか、アメリカにおけるそうしたビジネス事情はよくわからないけれど、ともかく、今は彼女は会社のオーナーであるようだ。

 しかも科学捜査研究所というだけならわかるけれど、市警の手に余る厄介な死体なども、ちゃんと預かるらしい。アメリカでは民間営業でこんなことまで許されているのか? よくわからない。ともかく、ラボには、冷凍保存された身元不明の少年の死体があり、痛ましい。

 時系列に沿って語られるのではなく、三人称を駆使するようになった今では、よりクロスし、部分照射を次々と繰り返し、読者に、暗喩的破片ばかりをたっぷり味わわせた末に、物語はあっという間に逃げてゆく。いわば、難解なのだ。唐突な場面展開、難解な会話が多いのだ。連続したシリーズゆえ、前作を読んでいなければ知ることのない登場人物、また複雑きわまる人間関係に幾度も悩まされる。

 前作を紐解いてまで記憶をまさぐるのももどかしいから、何となく、初めてこのシリーズに取り掛かるみたいな気持ちで、本書を通し読みしてみたのだが、病的なテンポと違和感のある人間関係はともかく、とにかく全体的に人々の関係が成熟を終え、屈折し変容する段階に入ったとの印象が強い。シリーズも第15作となるらしい。いつの間にかそんなに長い間付き合って走ってきたのか、と我れながら唖然とする。

 ヴァージニア州リッチモンドの検屍官だったケイ、局長になってからのケイ、FBIに所属していたルーシー、市警に所属していたマリーノ、FBIのプロファイラーだったベントン、それらのどこにも誰ももういない。

 多くの敵を片付けているうちに彼らの境遇は変わり、どこまでが仕事で、どこからが私怨による犯罪者たちとの対決なのかという境界がわかりにくくなってきた。

 本書でも、また非常に立場のわかりにくい女医ドクター・セルフが強烈な印象を残す。性格が歪みきっており、マスコミやメディアに登場しては犯罪シーンに関わるゲストを呼んでインタビューを試す番組が、視聴率を稼ぐ。そして今ケイたちが関わる連続殺人事件との関係が、次第に明らかになる。ドクター・セルフは、前作でも登場した因縁の敵である(らしい、よく憶えていないのだ)。

 一方でケイがベントンとローマで結婚指輪を交わした。帰国してすぐにそのことを職員らに伝えることにより、マリーノはショックを受け、たちまち堕落を始める。彼の関係する女も、ベントンの関係する精神科施設も、ケイの関係する過去の事件も、少しずつ本編から外れたように見える描写も、すべてが無駄なく実は関係してゆくというところが、この小説の不気味なところである。この人は、と思って除外したくなるようなものまでが、それぞれの恣意、思惑を持ち、計画的に誰かを嵌めたり、壊したりする要因になっているのだ。直接的要因であったり、遠い無意識レベルでの危害であったり。

 人間と組織の内外の複雑さを率いて、大小の様々な葛藤が、軋みを立てながらこの小説を剣呑に進ませてゆく。この先もどうなるのか見えないほど、ケイとマリーノは断絶してきているし、ベントンとの遠距離婚姻関係だって、とても危うい。彼らを批判的に見つめる姪のルーシーや、秘書のローズを待ち受ける運命も、またすべてを不安に陥れてゆく。

 落ち着いて安心できる場所のないシリーズである。それがケイ・スカーペッタの休息のない半生であり、それが長い時間をかけて彼女を蝕んできたことが、少し作中でも触れられる。それらのじわじわとくる破滅への不安。その根は、ニューヨーク911の影響なのか、それともパトリシア・コーンウェルという才能の上に吹きすさぶ狂気の疾風ゆえなのか、今なお不明なままである

(2008/06/08)