影に潜む



題名:影に潜む
原題:Stone Cold (2003)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 2004.3.31 初版
価格:\1,900

 アメリカの犯罪を扱った小説を読むと、銃文化の影響で日本よりもずっと軽く人を撃ち殺す傾向があるなということが、少しばかりリアルさを伴ってわかるようになる。ナイフで殺すことと銃で殺すこととの間には、天と地との差があるようにさえ思える。自分の手を汚すナイフと違い、銃は離れた人間を軽い一握りのグリップで殺傷することができる。

 とりわけそのありさまを三人称のクールな文章で描写された日には、射殺者の感情については類推するしか手がないわけで、逆にこうした犯罪者に対する憎悪は複雑な心境に彩られることになる。このあたりを小説的作法に仕上げてテンポよく読ませる警察小説の代表がエド・マクベインの87分署シリーズであったと思う。非常にクールでドライで、冷酷かつ残虐で、だからこそ大都会によく似合う文体であった。

 一方ジェッシイ・ストーンが警察署長を勤めるパラダイスは、人口の極めて少ない田舎町だ。そこに87分署なみのクールな文体、ロスからやってきたジェッシイという筋金入りの捜査のプロフェッショナル、冷血なまでの銃撃犯が現われると、平和でのどかな名前の町ですら、まるでアメリカの病巣の中心であるかのように思われてくる。犯罪の裏にあるのものは、理由ある殺人ではなく、乾ききった狂気だ。

 思えばパーカーの書き進めている三つのシリーズのどれもが、主人公と精神分析医の間に深い関わりがある。最もタフと思われるスペンサーに関しては、精神分析医にはかかっていないが、永の恋人であるスーザンの職業が精神科医であり、彼らはよく事件と事件に関わる探偵の心理について日常的に分析を交わし合う。

 こうしてパーカーの主人公たちは、誰もが精神分析医を日常的に必要としている。別に事件の影響によるものではなく、むしろ日常的なものごと、愛とか家族、自分自身のために。

 このシリーズにおいても、ジェッシイは、別れた妻ジェンとの未練に始まり、今もそれを引き継いだ形で飲酒癖、あるいは飲酒によって壊れた過去と闘っている。素人臭い部下たちを纏め、使い、自分は豊富な経験を武器に犯罪者をいつも追いつめるジェッシイのプライベートでの弱み。パーカーの特徴である事件と私生活との交互描写。

 そのどちらもがクールな文体で、そしてどちらかと言えばスペンサーやサニー・ランドルよりも遥かに無口な会話によって、淡々と描かれてゆく。捉えようによっては、最もテンポのいいシリーズであるかもしれない。

 事件捜査の面白さと、犯罪者たちの狂気への憎悪、私生活の持つデリカシー、何よりも特色ある文体、これらを味わうほどに、熟成してきたパーカーという作家の持つ魅力が香り高く溢れてくる。ジェンとの葛藤に一つの決意が見られる本書。次作ではどのような展開が見られるのか、それはそれでまた楽しみである。