恥辱





題名:恥辱
原題:Skam (2005)
作者:カーリン・アルヴテーゲン Karin Alvtegen
訳者:柳沢由実子
発行:小学館文庫 2007.11.11 初版
価格:\733


 やはりトマス・H・クックに似ている。違うのは、作者がスウェーデン人作家であること、女性であること、兄を亡くして受けたトラウマをきっかけに著述の世界に入ってきた人であること、などなど。でも小説の語り方、テーマは根のところで似ていると思う。クックの好きな人は、どうかこの日本では無名だが、世界では23カ国で翻訳されている作家に、一度触れてみて頂きたいと希う。

 すべての作品に外れがなく、すべての作品において、ある感動に達することができる作家であるとぼくは確信している。それは、彼女が自分のために書く作家であるからかもしれない。強烈なモチベーションが作品の後ろから押し寄せてくるのを感じ取れる気がする。でも身構えてしまうほどではない。とても読みやすく平易な文章で、しかもスリリングでどんどん先が読みたくなってしまう、彼女の作品はすべてそうした傾向にあるということも確かだ。

 ただ最初の二作『罪』『喪失』まではミステリーの形に物語を載せてはいたものの、前作『裏切り』では、ミステリーと言い切るには少し迷うところがあった。だが、ラストの衝撃的結末を見る限りサービス精神に裏づけられた娯楽小説と読んでもいいのかもしれない、と思いはした。

 しかし、本書。

 本書『恥辱』は、さらにミステリーという枠組みから外れているかに見える。ちなみにアンソロジストのオットー・ペンズラーいうところの、犯罪に関わる物語であれば広義にミステリーとみなす、との定義は今回の場合、かろうじて本作をミステリーのジャンルに留め置いている。ジャンルのことなど、まあ、どうでもいいことなのだが。

 過去に兄を救わなかった自分を許せずに、完璧を目指そうとする女医モニカ。過剰なる肥満ゆえに、十年以上もの間、ヘルパーの世話になり一歩も家を出ない隠遁者を続けている怪女マイブリット。この二人の、一見何の脈絡もない物語が交互に語られ、過去の断片が寄せ集められ、今を語り出す。

 二人は全く対照的な性格でありながら、どちらもトラウマに捉えられ、心には終わりのない絶望を抱え込んでいる。ある悲惨な出来事が二人の人生を交錯させることになるのだが、読者は強烈な牽引力によって引きずられてゆくに違いない。そしてその後の劇的な展開と、脇役たちの演技の見事さも、隠し味のきいた調味料のように味わいを深めてくれる。

 ぐいぐいと読み進み、奇妙な展開に身をよじりながらも、ラストに近づくにつれ、これが心の救済の話であることに気づいてゆく。彼女らの救済者となる女性たちは、ちなみにとても魅力的な人物である。こういう人たちと知り合いになりたいほどに。忘れられないくらいの存在感を示して。

 さて、ねじくれた心はどのように治癒されてゆくのか? 衝撃の結末と言うよりも、穏やかな変化、プロセスの積み重ねによって形作られてゆく劇的なラストシーンが待っている。最後の一行を読み終えるとき、思わず、こらえ切れなくなって、涙がこぼれた。

 こういう作品をこそ、食わず嫌いで海外小説を読みたがらないという多くの人々に勧めたい。例えば東野圭吾を読んで感動する方。ここにも同レベル、あるいはそれ以上かもしれない最良の作品がそっと目立たぬように存在しているんですよ……と。

(2008/04/13)
最終更新:2008年04月14日 01:05