霧の密約


題名:霧の密約
作者:伴野朗
発行:朝日新聞社 1995.10.1 初版
価格:\2,000(本体\1,942)

 伴野朗は『毛沢東暗殺』で懲りたつもりなんだけど、厚手の国産冒険小説が出ると、どうしても期待値込みで買ってしまうのですね、ぼくは。さて厚いなりにまあまあのスケールを持った話なのである。しかも暗殺者もの。時代は日露戦争前夜といったところ。舞台は霧の都ロンドン。これだけの話題が揃っているのだから小説としては魅力的だと思いたい。

 ところが、なんとなく軽く見えちゃうのはなぜ? ぼくのすが目なんだろうか? まず版元に言いたいのは二段構えのもっと小さい活字でお願いしたかったってこと。物語部分の著述はけっこう軽めであっさり、読みやすい。そしてときどきストーリーのリズムを破ってまで語られる歴史の蘊蓄(もう少しうまく劇中に混ぜんかい!(-_-;)と思われる)に関しては、じっくり論文調っていうのはいけないんじゃないか、小説として。

 歴史を語りたいのなら作者がじゃなくて、作中人物を通して欲しいっていうのもぼくの欲目であるかもしれない。とにかく蘊蓄はじっくりと物語はあっさりと描いているように見えちゃうので、全体のバランスの悪さが目につくのだ。同じ歴史ものでも佐々木譲や藤田宜永などは、この辺もっとちゃんと小説家していると思うのである。なにも船戸与一のストーリーテリングを身につけて欲しいとまでは欲張らないから、せめて最低限の小説的な一貫したリズムみたいなものは、この作者には求むべくもないものなのか。

 とけなしておりながら、暗殺者の設定はそれなりにムーディでいいと思う。他にもいろいろな登場人物がいて脚色すれば捨てがたくなりそうなのに、あっさりし過ぎていて、人物の背景の描写など通り一遍なのも残念。もっと私的に読者の感情に訴える描写も欲しいところ。

 留学中の若き夏目漱石がしっかりストーリーに絡んでいるところはゲスト出演という以上のものがありました。こういう存在感をもっと他の人物にも与えて欲しかった。プロットはいいんだよなあ、ほんと。力作なのに、ちと、けなし過ぎたんで(^^;)、だれか誉めてあげてください。

(1995.10.09)
最終更新:2008年03月20日 18:18