忍び寄る牙



題名:忍び寄る牙
原題:Trouble in Paradise (1998)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1999.4.15 初版
価格:\1,900

 パーカーの書いた小説にして一気読みの面白さをこれほど感じるとは、実は我ながら意外だった。何よりも三人称の複数という小説文体が、新鮮極まりない。前作ラストの引きずったものの関連で危惧された点についてはそれなりに整理され(あるいはそのまま整理されずと言った方が正しいのだが)、サイド・ストーリーはサイド・ストーリーらしく行儀良く脇に身を引いている、という姿勢がなかなか良かった。

 また、これほど牽引力のある犯罪者をパーカーが描くことがあるなんていうのは、さらに意外で仕方がなかった。その後何冊も何冊もスペンサー・シリーズを読んでみたけれど、やはりこの作品は未だにけっこう意外性に満ちている。

まず本書の1/2は上記の事実によってクライム・ノベルの味わいがあること。基本的には大胆で荒っぽい計画ではあるけれど、準備段階、人集め、そして侵入という経緯を経てゆく犯罪者集団の側のドラマ性がジェッシイの側を食っている。だからこそジェッシイ主体ではない客観的な物語性がむしろ楽しめる。このスケールで今後シリーズのバランスが持つのかと、いらぬ心配までしてしまうほどである。

 そして主人公ジェッシイ・ストーンは前作に増してマイペースで無口でそのタフネスぶりは極まっている。スペンサーはマイペースだけど饒舌であり。会話体による進行を心情とするスペンサー・シリーズのことを考えると、この違いはけっこう大きなものである。またスペンサー・シリーズでおなじみのキャラクターは前作に引き続き登場しており、関わりはより深まっているようである。

 アメリカの地理には疎いんだけど、ボストンからそう離れていない海に面した田舎町パラダイス。ここがジェッシイの警察署長を勤める舞台であり、これまでにほとんど犯罪らしき犯罪がなかったと言う。今後の犯罪をジェッシイの街にどれだけ引き寄せることができるのか、それこそ作者の手腕が問われることになりそうだ。なんとも楽しみで先行きの不安なシリーズになってしまったものである。
最終更新:2006年12月10日 21:31