題名:恋
作者:小池真理子
発行:ハヤカワ・ミステリワールド 1995.10.31 初版 1996.1.24 6版
価格:\1,700

 夫婦で挑んだ直木賞、結果は妻の側の受賞となったわけだが、なんとこれも同時受賞の藤原伊織『テロリストのパラソル』と同世代の、またその世代を敢えて扱った作品となっているのはどういうわけなんだろう。選者の側になんらかの共感が得られやすい世代であったのか、あるいはそろそろこの世代の人たちが現在の娯楽小説界を背負ってゆくんだという路程標を意味しているのか。

 浅間山荘事件がTV生中継され、60年代の青春の挽歌が聞こえてくるような時代に、ごくごく近所の軽井沢を舞台に、エロティシズム漂う夫妻と、宿命を交わす一人の女性。題材はこの作者らしくいかにもバロック・サスペンス。同じ世代を男が書くと『テロ・パラ』で女性の眼からは『恋』になるとでも言わんばかりに示し合わせたような受賞となったのは、本当に不思議だが、この世代に一歩遅れてきたぼくの眼には、やはり男の書いた『テロ・パラ』の方が世代を越えて楽しめた。一方『恋』の方は、ちと女性小説の色合いが濃すぎて、ぼくのようなむくつけき読者にはちと遠過ぎる感がある。 

 もっとひねりがあるのかと思いきや、この作者、全然プロットで勝負するタイプではないようだし、味わうべきは流れるような文章の味わいとかこの人独特のムーディで閉ざされた世界であったりするのかもしれない。でもちと純文学方面に傾いていて、中途半端で、ぼくにはちとこの手の小説は駄目だというところが正直なところだった。

(1996.03.09)
最終更新:2008年03月20日 15:09