ジャンキー・ジャンクション






題名:ジャンキー・ジャンクション
作者:谷甲州
発行:徳間書店 1996.3.31 初刷
価格:\1,500

 谷甲州の作品って、早く読み終えちゃうような本は逆に面白くないのである。ディテール描写がこれでもかこれでもか、と志水辰夫なみに細かくって自然描写たっぷりであったほうが、ぼくの好み。そういう意味ではこの作品、自然描写たっぷりでディテールきっちりとしているんだけど、早く読めちゃった(^^;)

 まあ、ぼくの好みの小説ではない、というのを最初に言っておくけれど、それはリアリズムのない作品、幻想や錯乱小説みたいなものが好きじゃないというごくごく皮膚感覚的な部分なので、どうにもしかたがない。それでいて稲見一良のファンタジィは認めてしまうのは短編ならではの独自の世界を持っているから。

 ではこの作品が独自の世界ではないのかと言うと、大方の読者と違って山の現実を知る身にはあまり独自ではない、というのが正直なところ。ディテールがしっかりしていると書いたのも実は同意味で、リアルな登山描写と、この小説を成立させているオカルト的なものがどうにもぼくという読者の中で同居できないのである。

 作者は山からは遠く離れた地点でようやくこの小説を作ることができた、とあとがきで書いているが、確かにその通りなのだと思う。山の冒険小説と言うのは現実が既に冒険であるだけに創作に変えることが難しいと思う。真保裕一の『ホワイトアウト』のような素材としてのアルピニズムはともかく、山をテーマに冒険小説は成り立ちにくい気がする。

 かつてこの谷甲州が『遥かなり 神々の座』で大成功を収めたのは、あくまで冒険小説としての背景の上に冒険のディテールを再現してみせたからだと思う。『凍樹の森』の第一部の凄みも然り。本書でも心鳴らせる冒険小説のディテールはふんだんに盛り込まれているのに、なぜかそれがドラマとして伝わってくれないのは大変に歯がゆい。

 山という冒険を知った人間が山をいかに冒険小説に仕上げたところで現実の冒険を超えることができない。そんなジレンマを読んでいて感じざるを得なかった。ぼくは山岳冒険小説を読むたびに、モーリス・エルゾーグの『処女峰アンナプルナ』(白水社)という本を思い出す。ああいう現実の凄みを山岳冒険小説というジャンルは決して超えることができないのではないか。その都度ぼくは思い知らされている気がする。 

(1996.03.30)