背信




題名:背信
原題:Bad Company (2004)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 2004.12.15 初版
価格:\1,900

 「背信」と来れば「横領」と連想される。ましてや原題が「悪い会社」とあれば、企業悪に挑むスペンサーと構図が決まってくるのだが、企業とスペンサー的世界といえば、これほど似合わないコントラストもあまりない。スペンサーに経済が存在するとは思わなかったし、だからこそ経済にがんじがらめの日常生活から抜け出した読者は、現代ボストンに優雅に生きる騎士道精神とグルメな暮らしに憧れ、陶酔するのである。

 小説のなかで面白いのは会計士とスペンサーとのやりとりである。逃げ腰で及び腰のスペンサーは、簿記の基礎についてわかりやすい例で聞き取ろうとするが、少し単語が難しいほどに泳いでゆくと途端に駄目になる。謎の男に尾けられたり脅迫されたりすると、ほっと安心する。ホークやビニィ・モリスの世界のほうがはるかに居心地のいい男。

 事件としては地味で、なおかつ経済犯罪でありながら、なお一方で役員たちの屈折したプライバシーが明らかになってゆく。金を中心にしてまわってゆく会社権力者たちの醜さはラストシーンで裸にされる。最後に容疑者を集めて真相を暴露するというシャーロック・ホームズばりのスペンサーは珍しいけれど、やっぱりホークやビニィつきなので、粗暴で品がない決着のつけ方ではあるから、ぼくとしてはほっとする。

 ハードボイルドは押しの強さと、正義感で無理を通して風穴を開ける、警察には真似のできない無法なやり方が一番お似合いだ。美女とグルメと心地のよい文体に包まれていても中身はどこかでゴリラである。スペンサーはそんな探偵であると思う。
最終更新:2006年12月10日 21:20