秋好事件





題名:秋好事件
作者:島田荘司
発行:講談社 1994.10.25 初版
価格:\3,000(本体\2,913)

 ぼくは、こんな凄い本を読み残していたのか。読み始めてすぐにぼくはそういう思いに捉えられ、『鋼鉄の騎士』に継ぐその分厚さが、全く気にならないほど、本の中に没頭してしまった。昨年前期を揺るがしたのが『照柿』であるならば、昨年後期を揺るがす作品は『秋好事件』ではないのか。

 高村薫の『照柿』が、どこまでもドストエフスキィ的な情念の犯罪、日本版『罪と罰』であるのに対して、この『秋好事件』は実に外からの影響、時代からの影響を強く受けた破滅である、と言える。作者はまたそういう方向からこの事件を深く掘り下げてもいるのだが、この労力は大変なものだったろうと思う。

 満州に生まれ、日本に敗走し、貧しさからその半生のほとんどを負債を抱えてゆく生真面目な青年が、一家四人惨殺という惨劇を引き起こしたのか? そしてその一審二審を通じて覆い隠されたかに見える事件の真相は? 死刑判決ということの意味は? こうした問題が、実際に起こった事件に沿って提起されるのが本書。いわゆるノンフィクション・ノベルなのだが、被告・秋好英明の半生記が、文学史にぜひとも残して欲しいほどの凄まじさを持っている。

 こうして記録される生涯というのは深い意味を持つのだなあ、と自分自身、半生をこうして記してみたい、という気持ちにさえさせられてしまった。昭和というのはそれなりにぼくら個人に大きな影を落としていた時代であったのだとページを繰る毎に痛感させられてならなかった。

 島田荘司という作家は鬼才と表現されているけれど、いわゆる本格畑の人だと割り切りぼくは読まなかった。しかしこれだけの重みのある本を世に問える技量を持った作家というのは、並みではない。

 最後まで秋好英明の人間的な弱さというものが悲しい一冊であった。

 なおこの小説を読んだきっかけは、最近、かめやっこさんが隊内取り調べということで空き巣事件の被害者であるにも関わらず、隊内の警務という部署によって心身共に過酷と言える隔離状況を体験させられたらしいことを耳にしたからである。『秋好事件』を一貫しているのは警察機構、裁判システムの、今にいたってもおぞましいほどの非民主的な野蛮さ、理不尽さである。日本という国家の一部システムの不当さは世にもっと知られるべきであると思う。興味ある方はぜひご一読あれ。もちろん小説として優れた本だとも言えるので。

(1995.02.05)