許さざる者


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題名:許さざる者
作者:笹本稜平
発行:幻冬舎 2007.12.05 初版
価格:\1,600



 この作家にとって原点回帰と言える作品なのかもしれない。江戸川乱歩賞に較べるとだいぶ知名度が低いかもしれないサントリー・ミステリー大賞・読者賞をダブル受賞した『時の渚』を彷彿とさせる作品である。『時の渚』はデビュー二作目とは言え、笹本稜平名義としては、初となる。処女作は阿由葉稜名義での『暗号―BACK‐DOOR』である。こちらは、後に『ビッグ・ブラザーを撃て』と改題、改めて笹本稜平名義で文庫化されている。

 いずれも名義に稜線の「稜」の字を使っている。ぼく自身、山をやっていた経緯から小説を書いてペンネームをつけるならば「稜」の字は外せない、などと長年思っていたという恥ずかしい経緯などもあり、何となく自分的には素直にこの作家が好きになり切れない対抗意識みたいなものもあるのだ。作家が山に拘れば拘るほど、どうも今ひとつこちらが乗り切れなくなってくる印象があるのは、谷甲州や夢枕獏では感じられなかったことだから、そのあたりが自分の精神構造の中でもどうなっているのか、我ながら不思議でならない。

 本書は、『時の渚』という父子をテーマにしたミステリーの系譜に属しながら、舞台を上越国境稜線と尾瀬に挟まれた藤原に持ってきて、雪山でのアクションも入れ込んだ冒険小説にまで展開してゆく辺り、やはり作者のもう一つのこだわりである山岳冒険小説の側面を遠慮がちながら挿入したかったのであろう。

 日本における冒険小説の側からの山岳小説へのアプローチは、エポックとしてはまず初めに谷甲州の『遥かなり神々の座』ありき、だろう。いわゆる冒険小説界に英国正統派派冒険小説なみの風穴を空けたのがこの作品であって、ディテールにこだわり自然を舞台にして圧巻の物語を作り出したと名高い。

 しかし、振り返ってみれば、今それを読んだところでぼくらは驚きを覚えないだろう。その後山岳冒険小説は傑作が続く。谷甲州はその後も山岳小説を書き、『神々の座を越えて』では山岳冒険小説作家としてのピークを迎えた。その後、夢枕獏が最初で最後の山岳小説『神々の山嶺(いただき)』で山岳冒険小説史上に偉業を残す。谷甲州の大仕事があったにも関わらず、それ以降に、敢えて夢枕流で書かれたそれは、故・森田勝という実在の登山家をモデルに、人間の内なる矛盾とマロリーの死といった歴史的素材の謎にまで野望を拡げた凄まじいまでの大作となっている。量的な意味ではなく歴史的意味において重要な大作と言いたいくらいの作品である。

 笹本稜平が『天空の回廊』を書いたのは、そんな先人たちの足跡を辿りに辿っただいぶ終点に近い辺りの時代のことだ。こちらも英国冒険小説の流れを汲んでいる。いわゆる大自然、国政的謀略といった極上エンターテインメント小説と言える。しかしぼくにとっては、『時の渚』で書かれようとしていた国内のちまちました事件に較べるとずっと距離ができてしまったという感が強く、図らずもぼくがこの作家に一時的に背を向けることになるきっかけとなった小説でもあったのだ。

 個人読書遍歴としては、ぼくだって英国冒険小説に夢中の時代もあった。しかし、日本の作家にそれを求めるかというと否であるのかもしれない。日本の作家に求めるものは、地理が類推できるようなご近所性であるとか、風習・家族・感情・情緒など、日本ならではの共感を得られる独特のウェットな空気や土俗性といったもの、人間と人間との距離感、しがらみなど、なかなか欧米の科学的眼差しからは読み取れない気配のようなものなのかもしれない。そういった独自の、行間を持ったミステリー、それを描くことに成功した作家が国内ではいいミステリーを書き綴っているのではないか。

 その意味で、大掛かりなハリウッド的物語の傾向に走る日本人作家を、ぼくは容赦なく切り捨てる。独特の間の感覚、日本語の持つ情性、そうした文章書きが好きなのであって、大層な娯楽だけを求めているわけではない。志水辰夫などはその意味で最右翼と言える日本的文章書きではないだろうか。

 笹本稜平は、本作『許さざる者』において、それらの部分をしっかり理解しているように思える。過去のそうした彼なりの課題を、多少だがクリアにしようとしているところはぼくらのような読者にとってとても明るい材料であるように思える。物語は描けているが人間描写がどうも、といったような評価をされることの多い人であるだけに、短篇などを通じて、少しずつ日本語と日本人的な読み物としてのミステリーに馴れてきたのかもしれない。

 一旦切り捨てた冒険小説的傾向のものを改めて掘り返して読もうとまでは思わないが、今後この路線や警察小説など、日本作家ならではの情感豊かなミステリーを書き続けてくれる限り、ぼくはこの作家の本をこれからは読んでゆこうと思う。本書には、そんな小さな決意をさせるだけの何かが潜んでいると思う。

(2008/02/03)