笑う未亡人




題名:笑う未亡人
原題:Widow's Walk (2002)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 2002.7.15 初版
価格:\1,900

 少し活劇方面に振れた作品が続き、スペンサーの周りに慌ただしさのような気配が増していただけに、久々にボストンで落ち着いた事件にじっくりと取り組むスペンサーというのもたまには精神衛生上、良いかもしれない。一方のジェッシィのシリーズもきちんと落ち着きを見せ始めたようだし。ぼく自身もこの作家にはある種の円熟を求め始めているようだし。

 そんな期待に見事に答えてくれる、これ以上ないぞと言わんばかりの地味めの作品。シリーズとしてはまさに谷間。印象も薄いだろうから、これは後で感想を書こうとしても忘れてしまうぞ、と思えるような心配な作品。

 もちろんスペンサーはぼくにとってこのうえないイージー・リーディングの世界なのだからこれで十分なのだ。シリーズ読者としては、いくら地味でも他に楽しみはいくらでもあるのだ。愛犬が老齢化しているから、次作ではもう墓の下に入っているのではないかとか、はたまた、モーションをかけてくる美人弁護士とスーザンとの軋轢であるとか、ホークとヴィニィはスペンサーの仕事をよく手伝っているが、彼らは本当に悪党で殺人鬼だったっけか、とか、様々な興味、疑問が次々と沸き起こり、ぼくは長大な連続ドラマを見ているかのように、それらの瑣末の出来事を楽しんでゆく。

 そして周りでは死ななくてもいいような人間があっさりと死に、暴力の風が時折りさっと吹き過ぎてゆく。スペンサーが何で飯を食っている人間であるのかが、忘れられた頃に描写され、スーザンが自分と他人とスペンサーのメンタルを持て余す心の領域も小説の中にはきちんと味つけされてゆく。

 多くの馴染み深いレギュラー登場人物の上に、多くの調味がなされいて、それを軽いブランチの気分で、味わいつくせればそれでよい。でもこんな本を、何の前知識もなく、シリーズであることも知らず、いきなり手に取って読んでしまった読者は、いったい何だと思うだろうな。ある意味で不親切なのが、長いシリーズというものの特徴であり限界なのだ、きっと。
最終更新:2006年12月10日 21:12