長い長い殺人





題名:長い長い殺人
作者:宮部みゆき
発行:光文社 1992.09.15 初版
価格:\1,400




 ある時期に買った本なのだが、しまい込んでしまったまま忘れ去り、それを15年も経ってから取り出して突然読み始める、というようなことをあなたはするだろうか。ぼくは滅多にそんなことはしないで、そのまま読まずに終わってしまうか、そのまま忘れ続けるままか、ということが多いように思う。いずれにせよ、我が家には読まずに置かれている本が山のように眠っている。もしかしたらもう一生本を買わなくても、これらの本だけで足りてしまうのかもしれない。年金生活に備えて、これはこれで持っていても悪いことではないのかもしれない。

 さて、そんな眠れる本の一冊が、珍しいことに書棚の奥から取り出されることになった。きっかけは、WOWOWが自社製作で作るドラマWでこの作品『長い長い殺人』が取り上げられたことである。ハードディスク・レコーダーに録画したまま、ぼくはそれを観ずにいる。このドラマWはフィルムで撮影されており、下手な映画を超えるくらいのエネルギーを感じさせるチャレンジ精神に溢れたものが多く、秀逸と感じている。

 だから原作のあるものは、ちゃんと原作を読んでから観ようという姿勢をこちらも取ろうと思うわけだ。そうして取り出した15年前の作品だった。

 そして、さすが宮部みゆき、である。現在の彼女の作品に較べると若干軽快な印象はあるのだが、それもロンド形式を取ったミステリー小説という掌編の積み重ねといったスタイルの影響によるのかもしれない。おまけにそれぞれの掌編は、互いに連関しあう登場人物たちの財布たちによる独白という形式を取っている。即ち、とても奇妙な味わいの小説だ。

 刑事の財布から始まり、強請り屋、目撃者、少年、探偵、死者、旧友、証人、部下、犯人、再び刑事の財布として物語は閉じる。どれも唐突に新人物が次々に現われる。いや、新人物の財布が。どのように最初の事件に関連しているのか、簡単にはわからないが、読み進んでゆくうちに、いずれもが事件に強く深く関わってゆく関係者たちの物語であることがわかってくる。

 一つの犯罪者が呼び寄せる多くの関係者……という点で思い出さないだろうか。そう、『模倣犯』で書かれた事件関係者の多さをである。『模倣犯』のキャッチ・コピーは、それぞれに物語がある、であり、事件はあまりに多くの人生を変えてしまうといったニュアンスであったように思うが、その実験的側面を、本書『長い長い殺人』が担っているのである。

 さらに『模倣犯』との類似点は、犯人の動機といった点である。人の心をコントロールして優位に立つ喜び、が本書においては何よりもフューチャーされる。犯罪者が他人を操り、そして生贄の山羊として差し出してしまう酷薄さ。そういったものを含めて、本書は『模倣犯』へ繋がる宮部ミステリーの道程を示している。けっこう重要な作品ではないか。

 読後、早速ドラマWを観た。刑事・長塚京三、探偵・中村トオル、容疑者夫婦・谷原章介&伊藤裕子、目撃者・平山あや、証人・酒井美紀、他、そこそこ映画なみのキャストを使っており、内容は、いくつかの財布を省略している上、犯人が原作と異なってツイストを加えられているが、原作の味は出し切っているように思え、好感触だった。現代の物語に置き換えられているせいで15年間の時差を感じさせはするけれども、かえって森田芳光監督の撮った商業主義優先映画『模倣犯』よりも遥かに優れた出来となっている。ドラマWはレンタルDVDにもなってゆくようなので、WOWOW未契約の方は、機を見て是非、原作ともども味わって頂きたく思う。

(2008/01/06)
最終更新:2008年01月06日 23:44