負犬道(まけんどう)



題名:負犬道
著者:丸山昇一
出版:玄冬舎 1997.11.19 初版
価格:\1,600

 最近、ハードボイルドを書かなくなってしまった元ハードボイルド作家が多い中で、徹底してハードボイルドを追いかけていたあの丸山昇一が、いま正統派の和製ハードボイルドの後継者としてこうして姿を現すとは、正直言って予想もしていなかった。

 まさに志水辰夫の初期作品に引けを取らないほど、情感に満ち溢れて生き生きとした作品を書いてくれた。早くも『このミス』ベスト候補入りが約束されているような素晴らしい完成度で。また一読で虜になるような独特の持ち味で。

 それほど、ぼくはこの作品に強烈に愛着を覚えてしまったのだが、いくつか思い当たる。志水辰夫『尋ねて雪か』『散る花もあり』など、ぼくの好きな作風に似ていること。またそれら名作に比肩し得る作品であるということ。また基礎となる文体がさすがにしっかりしていること。そして何よりもぼくの愛してやまなかった一連の東映映画作りにおいて、その一角を担ってきた人がこの本の作者であること。松田優作、村川透との三角関係において、常に、荒々しくも、詩情溢れるB級映画を生み出してくれた、かの丸山昇一であること。

 そのシナリオにも独創性がある。あの鳴海昇平の遊戯シリーズ中でも丸山昇一脚本の『処刑遊戯』だけが異彩を放っていたりするのだが、何といっても『野獣死すべし』や『探偵物語』での、松田優作の側の積極的な着想とのコンビネーションであったろう。これを村川透いうブルーな演出で映像化したものが、いつも斬新でエネルギッシュで、しかし低予算で、ぼくの心を捉えていたのだ。ぼくは真夜中の映画館でラムやバーボンなどの酒を食らいながら、それら荒くれた物語を銀幕の上に見つめていたのだった。

 そうした映画から離れて、もっと正確に言えば松田優作から離れて、映画の裏側を題材にしたハードボイルドをこの作品で小説という形で描いている。もともとこの作者のシナリオは妙に小説めいた描写が多いのだ。そしてシナリオで役者に要求するような抽象があるのだが、その散文性を大いにここでは小説という舞台で発揮して作り出している。シナリオという束縛の多い形態から離れ、自由に文章を書くというのは、それはそれで別の創造的喜びであるに違いない。

 しかし映画への思いでいっぱいの作者を投影して主人公は、人格を無視したかたちで映画作家である監督に全面的な理想を見る。監督は性格などはともかく映画作りのために生きて欲しい、映画以外のことは自分が引き受ける、そうした職業の主人公が、その映画の世界からスポイルされながらも、こだわり続ける何ものかがある。やはりこれは優れたシナリオであると思う。

 さて『松田優作+丸山昇一 未公開シナリオ集』が同じ玄冬舎のアウトロー文庫から先んじて出されており、その中に映画の裏側を書いた作品『プロデュース』というシナリオが収録されている。プロデューサーとは名ばかりの、汚れ役専門のような主人公が、日本中を漂流しているような話である。この小説の原形といって言えないことはないし、あちらの本はまたそれなりにすごい本であるので、こちらを気に入った方は、ぜひともチェックしていただきたい。

 亡き松田優作に乾杯!

(1998.03.15)
最終更新:2007年12月31日 15:38