それぞれの断崖





題名:それぞれの断崖
作者:小杉健治
発行:NHK出版 1998.04.24 初版
価格:\1,600

 この作者は初めて読むのだが、割と衝撃的であった。いわゆる家庭内暴力に始まって少年犯罪のもたらす惨劇、それをとりまく被害者と加害者の家族の葛藤、破滅と再生、孤独と親子の絆、少年法の抱える問題、仕事の矛盾……実に現代的で多彩なテーマに真っ向から挑んだ小説である。

 驚いたのはページターナーであること。とにかくぐいぐい読んでしまうのは、テーマの鋭さもさながら、主人公の駄目さ、不運さがどこまでも、文字どおり地獄の底までも彼自身を堕としてゆくあたり、最近にない破滅の快感まで覚えるほどで、やはり小説というのはここまでやらねば、と感慨を新たにさせられてしまったほどである。

 とても身近なできごとからここまで破滅的な物語を紡げる作家の力量はかなりのもので、欲を言えばもう少し読みにくくてもよかったかとさえ思うほど、面白かったのである。

 断崖の意味についても、なんだか中年サラリーマンの悲哀から繋がっているようで、身につまされる部分がある。どこまでも徹底して格好悪い主人公のおっさんとその頑固な趣味の悪さまでもが、だからこそ共鳴できる目線の低さを感じさせ、逆に嫌味がない。こういう作品は若い作家には書けないのである、とつくづく思う。

 かなり過激な犯罪を扱った割に、その犯罪者に関しては、主人公の心を通してしか描かれていないのが、少しばかり不足である。加害者の家族を通じてでも、その犯罪者側の異様さをもっと表現していただきたかった。その辺の不足が、作品をヒューマニズム臭くしてしまっており、せっかくの修羅の道がもったいないほどであった。もっともその辺は読者側の趣味と言ってしまえばそれまでなのだろうけれど……。

(1998.07.28)
最終更新:2007年12月31日 15:31