TOKYO YEAR ZERO(トーキョー・イヤー・ゼロ)


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題名:TOKYO YEAR ZERO(トーキョー・イヤー・ゼロ)
原題:Tokyo Year Zero (2007)
作者:デイヴィッド・ピース David Peace
訳者:酒井武志
発行:文芸春秋 2007.10.10 初版
価格:\1,762


 ジェイムズ・エルロイは、ジェイムズ・エルロイだ。彼の創作活動を突き動かすものは、母を殺した殺人者を追跡するという盲目的衝動であり、母を殺した時代、母が何故殺されたのか、母は何者であったのか? といった欠如した愛への渇望であり、到達されぬ目的への不条理感であるように思う。そんな一貫した方向性を内に外に露わにしてやまない彼のような作家には誰もなることはできない。

 エルロイという作家に出くわして、自分もエルロイのような凄まじい作品を書きたいという要求に突き動かされる文筆家は少なくないだろう。馳星周がそれであり、デイヴィッド・ピースがそれである。どちらも若い作家として、エルロイをバネに、世界に翔こうと野心を研ぎすましてきた作家であり、彼らは、主に暗黒小説とかノワールの新時代の書き手であるかのように言われる。

 ピースは、まさにエルロイもどきのヨークシャー四部作を、精力的に書き、その奇抜さと衝撃性で世にデビューしたのだが、正直、一作目だけを読んで私は辟易した思いがある。その模倣が、あまりにストレートすぎるのだ。「模倣の上に肉声は……」と小林秀雄が言うのは頷けるのだが、ある程度プロの作家であるなら、エルロイ文体への甘えを排除して、改めて自分なりの自分でオリジナルを育て上げて欲しいというのが私の思い。しかし、そんな待ち時間で技を磨くよりも、書くということへの激しい衝動に突き動かされ、書いて書いて書き連ねてきてしまったというのが、ピースという作家の生き様なのだろう。

 そんなピースが新しいシリーズに取り掛かった、と聞き、しかもそれが戦後占領下日本を描いたものと聞き、久々にページを繰ることにした。文体は相変わらず奇をてらった少し反感さえ覚える前衛的手法によるのだが、しばし耐えると次第にこの文章のリズムに着いて行けるようになった。かえって普通の文章よりも音楽的でリズミカルでテンポよく、それでいて悪夢や意識下の声といった輻輳した幻想の感覚が常に読者の心を歪ませてゆく。

 ある意味、ノイズと言ってもいい擬音が、反復され、正常なる文章をスムースに読むことを妨げる。トンプスン的手法。また、反復されるフレーズの多さは、チャック・パラニュークの手法も取り入れているようにも思われる。

 終戦の混乱期に実際に起こった連続猟奇犯罪である小平事件を材にして、歴史的事実をよく取材しながら、飢える国民、迷える復員兵、逃亡する憲兵たち、勝者であるGHQや闇市の支配者たち、在日外国人たちの反抗、といったありとある魑魅魍魎たちの世界とあまりにも過酷な世相を捉える。全体像を描き出すための、狂った一人称小説。エルロイが、そう、『アメリカン・タブロイド』に取りかかった頃、あの大掛かりな時代の闇へのこだわり、といったような部分を、ピースは見事に日本という普通は取り入れにくい材料を十三年間の日本滞在経験を元に、こだわってみせたことになる。

 事件を追い、浮上してこない被害者たちを追い、多くの家族を追い、過去から逃げ、同僚たちとの化かし合いを繰り広げ、犯罪者と駆け引きをし、上司と駆け引きをし、捜査と捜査以外の謎めいた過去と、一人称の三波刑事は地獄絵のような占領下の東京を駆け巡る。捜査のなかで彼自身のアイデンティティを探した挙句辿り着いた真実が、今まで見えていた世界とはまるで別のものであったことに気づかされ、読者は驚愕のラストを迎える。

 「エンゼルハート」のミッキー・ローク、「シックスセンス」のブルース・ウィリスのように、自分の真実に気づかされる。そのすべての種明かしは、巻末の訳者解説を精読しないことにはすべてを理解することができないかもしれない。それほど凝りに請った構成。凝りに凝った表現手法。トリックにトリックを重ね、人間の心のあざとさに裏切りや自己欺瞞を重ね、それもどれもが、大きな喪失感と、なおも生きようとする人間の生存本能のなかで営まれる愚かな業とも言えるものである。

 さらに三部作の第二作では「帝銀事件」を、第三作では「下山事件」を扱い、本書の暗躍者たちはそちらでさらなる謎の行動を見せてゆくものと思われる。外国人作家によるものとはとても思えない綿密な考証に基づいた戦後暗黒史を切り拓く小説として、もっともっと加速する気配を秘めた、衝撃的作品である。

(2007/12/24)