ビター・ブラッド





題名:ビター・ブラッド
作者:雫井脩介
発行:幻冬舎 2007.08.25 初版
価格:\1,700




 『クローズド・ノート』のような素晴らしいミステリ外作品を発表した後に、またも『犯人に告ぐ』のような警察小説を書くことは大変なことだろう。ある意味、着想ありきの作家であるような印象が強まっている。『犯人に告ぐ』では「劇場型捜査」という新造語を生み出し、新しい警察小説の地平を切り拓いた。『クローズド・ノート』では、クローゼットから見つかったノートと、自分の生活を対比させながら、人生を見つめなおす感動の一瞬を演出する見事さが何より光った。

 そう考えると、今、こうして警察小説に帰ってきた雫井脩介という作家が、ありきたりな作品を提供したのでは、ここまでこの作者の手腕に見事にやられてしまった読者としては、容易に満足するわけにはゆくまい。そんな杞憂を他所に、この作者は三たびやってくれたのである。警察小説という形を使った新しいホームドラマの構築ということを。

 そう、これは父と子、家族のドラマである。若き新米刑事が、父との合同捜査を余儀なくされるシーンなどは、読者としてもどう捉えていいのかわからないほど、奇抜で困った展開である。奇人変人のような父、複雑な家庭環境、愛と憎しみ、残された母や妹との温度差。さまざまなデリカシーを抱えながら強がって生きていかねばならない新米刑事といった設定そのものが、もうこの次点で雫井節といっていいのかもしれない。

 もちろん警察官として追うべき犯罪は、確実にそこにあり、これらは錯綜した何かであって、見えるとおりのものではなく、さまざまな疑うべき余地のあり過ぎる登場人物たちでいっぱいである。要するに難事件なのだ。これだけでも十分に小説材料としては十分のように思えるほどの。

 捜査一係長の死をきっかけに内部に裏切り者の影が浮上し、シャドウマンなる者の存在、あるいは裏シャドウマンなる存在までが囁かれるに及んで、若き新米刑事は単独で真相に迫ってしまう。父とのジレンマや、進捗する捜査の挙句、若干オフビートなクライマックスに持ってゆく辺りもこの作者らしい。

 一筋縄には行かない刑事ストーリー。続編なんていうところも書いて欲しくなるくらい、キャラクターたちが活写されているのも、いつもながら。人間味溢れる血の通ったドラマチック・ミステリーである。

(2007/12/24)
最終更新:2007年12月24日 18:13