沈黙




題名:沈黙
原題:Hush Money (1999)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1999.12.15 初版
価格:\1,900

 谷間のような作品かな。今回の事件は内容が内容だけにさして面白さを感じなかった。事件が二つ同時に発生してもどちらもインパクトの薄い性的な事件ばかり。この腐った時代、澱んだアメリカ中流社会を疎むしかない、ということか。

 興味のある点としては、ホークの過去のエピソードがひさびさに少しだけあらわにされること。小さな話だが、実はホークの人生を決める一つの転機になったであろう、ホークにとっては重要な事件。黒人であることの価値づけに正統な道順を示してくれそうであった人物との出会い、そして幻滅。ホークが改めて道を逸れて行った一つの契機だった事件。

 全く違う道を辿りながらスペンサーとホークがどうしてこうも親しいのか今以って理解の外なのだが、一方スペンサーにとっては女難の一篇である。恋人あるいは妻のいる男にとっては、誘惑に弱い男の本能的な種族繁栄的部分と、愛する女性への誠実さという部分と、二つの相反する葛藤の問題をいつも抱えているわけで(別に抱えていず、軽く本能に従えるという人も実は多いのかもしれないけれど)、スペンサーにその試練が与えられたのがこの本である。

 『ゴッドウルフの行方』あたりでは精力的に女性との機会を実効に移すほど本来は貪欲なスペンサーが、今はここまで禁欲するほどスーザンとの愛は深いのだよ、という展開は、実は女性読者に受けがいいだろうなあとつくづく思う。逆に言えばそこまで健康的な精神と肉体にいるスペンサーの安定こそが、パーカーという作家の限度と言えてしまうのかもしれないけれども。
最終更新:2006年12月10日 21:08