悪党




題名:悪党
原題:Small Vices (1997)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1997.12.15 初版
価格:\1,900

 スペンサーのシリーズが、何だかどんどんフランシスの競馬シリーズに似てゆくなあと一度ならず思っていた。特に聞き分けのない育ちのいい悪党などは、英国貴族社会に巣食う治療法のない病気のようなもので、そうした悪党を描き始めると、どちらのシリーズもなんだか区別がつかなくなることがある。

 フランシスと違うのはスペンサーという主人公が言わば暴力や個人戦争のプロであること。さらに多くのプロが彼の世界を取り巻いていることであろう。この本では敵手がプロである。こうした対等に渡り合える暴力のプロをスペンサーと真っ向から対決させるというのは、このシリーズでは意外に少ないように思う。

 大抵はホークやヴィニー、最近ではチョヨなどが出てきて助太刀なども買って出てくれるおかげで、スペンサーは大変有利で楽な勝利をおさめ続けて連戦連勝という気分であった。だから本書の醍醐味は改めて凄味のある敵手。「灰色の男」としか描かれないプロの暗殺者。

 そして帯に書いてあるのでネタバレ扱いをやめるが、殺られかけるスペンサーというのはシリーズの白眉になるかもしれない。フランシスで言えばあの傑作『標的』に値する。ぼくは『初秋』よりは『骨折』、『悪党』よりは『標的』の方が傑作といつもフランシスの側に立ってしまうのだけど、最近では、パーカーも頑張っているので比べるということはやめないといけないような気がしてきている。

 でも撃たれるということをどう書くかで作家のオリジナリティって出ると思う。古くは87分署で撃たれたキャレラ(『麻薬密売人』だったろうか?>記憶曖昧)。ジョー・ゴアズの『狙撃の理由』というのものっけから銃撃されるシーンが凄かった。銃撃よりも銃撃を受けたことによるダメージをいかに描くか、というところなのである。フランシスの『標的』は銃撃ではないけれど壮絶なダメージを受けた主人公がどう攻勢に転じるかという点にすべての価値があった。

 だからスペンサーも同じである。非情なダメージから、いつもの攻撃的なスペンサーにどのように復帰するのか。どのように敵を追跡するのか。それが本書の醍醐味。

 かくして、銃撃(される)小説の歴史に新たなる一ページが加わったわけである。読むべし。
最終更新:2006年12月10日 21:03