四日間の奇蹟





題名:四日間の奇蹟
作者:浅倉卓弥
発行:宝島社 2003年1月22日 第1刷発行(予定)
価格:1600円(予価)

 浅田次郎『椿山課長の七日間』に続いて、またしても突然死の魂の、四日間の物語を読んでしまった。浅田次郎は七日間で、こちらは四日間。しかし題材はかなり同じ。色も音もだいぶ違う作風とは言え、偶然とは何とも奇異なり。

 さて、宝島社からまだ本になりきっていない前製本段階とでも言うべき姿で、発売に先行して届いたのが本書。第一回『このミステリーがすごい!』大賞、金賞受賞作品。2003年1月8日発売予定、とある。

 レコード会社で洋楽系のディレクターを勤めた経験のある札幌生まれとあって、本書はピアニストと脳に障害を持った少女との、音楽に深くこだわった再生の物語。ピアノを弾けなくなったピアニストと、脳に障害を持ちながら音の天才である少女が、小さなピアノコンサートを開くために小さな福祉施設を巡っている。そんな一日に始まり、四日後に終わる短くも美しい、癒しのファンタジー・ノベル。

 巻半ばまでは果たしてこれがミステリーという範疇にあるものなのかどうか疑問に思える。しかしこれは巻末ではどう見てもミステリー畑の人たちの選評を集めているのだ。大賞にしたってしっかりと「このミステリー」とうたっている。だが、これはヒューマンなロードムービーを見ているかのようで(例えば『レインマン』)、それがいつしか彼らが辿り着いた山上の美しい脳神経関連の研究施設での介護の話に移ってゆく。どこがミステリー?

 そうした疑問をある一瞬のできごとが唐突に表題の「奇蹟」の始まりに変えてゆく。起承転結という形でのはっきりした構図がこの作品にあることがわかる。ここからはただただクライマックスへと流麗に雪崩れ込んでゆく物語の主軸の確かさがあるばかり。ミステリーであるかどうかの疑問はともかく、ここまでの心を捉えて離さないかのような筆致が、一振りされたコンダクトによって踊り始めた。

 脳の研究所という科学の象徴のような場所と、脳障害の無垢な少女。指を失ったピアニストの語り手と診療所で出会う、傷ついてなおも献身的なヒロイン。惨劇。死が纏わりつく夜と雨。山上の美しい光景と、心の震え。きらめく友の涙。礼拝堂に響く「月光」の曲。星々の夢。

 どこかで見たような、聴いたような話であると思う。小説としてあまりにまた同じ体験をしていると思う読者も少なくないと思う。それだけの筆力と構成がある。真にストーリーテリングを持った作家の手になる救いの物語。

 本書は否応なく来年の話題になるだろう、とのわくわくするような予感をもってこれを紹介できることを、ぼくは今とても嬉しく思う。

(2002.12.12)




最終更新:2007年12月09日 21:57