ダイアルAを回せ




題名:ダイアルAを回せ
原題:Dial an Alibi (1958-1983)
作者:ジャック・リッチー Jack Ritchie
訳者:駒月雅子、他
発行:河出書房新社 2007.09.30 初版
価格:\2,000



 ジャック・リッチーも三冊目の短編集となる。どれも日本オリジナルの作品集だが、向うでは雑誌中心に活躍してきた上に、短篇しか書かない作家であるため(長編は死後に一作発表しているが)、ハードカバーとしても2冊くらいしか残されていないようだ。今、日本で毎年一冊ずつ短編集が編まれ、それらがそこそこの読者に受け入れられているなんていうことは、墓の下に眠る作者自身も全く想像していなかったことに違いない。

 本書でもすっかり馴染みになった、おふざけキャラであるドラキュラ探偵カーデュラのシリーズが3本、勝手な想像力でずれてゆくうちにあらぬ解決の仕方を見せてしまうおとぼけ部長刑事ヘンリー・ターンバックルものが4本。いずれも、他の独立系短篇に劣らず、やっぱり楽しい。ブラックなユーモアも正統なユーモアも味わえるし、もちろん謎解きの面白さだってそれぞれにきちんと詰まっている。人間の複雑さ……つまり喜劇も悲劇もしっかり同梱されている。

 本書では、殺し屋を取り上げた作品が多い。殺し屋が客を探すのに苦労しているという類型が見られる。依頼主を探し出し、商談を成立させる苦労話の中に、殺意と金の交換というブラックな要素が見出され、実はこの契約だけでも、実際の殺しの実行以上に興味深い物語が成り立ってしまうのだ、と改めて唖然とする。

 思えば、ローレンス・ブロックの殺し屋ケラーのシリーズでは、雇い主がいて、殺しの依頼を取りまとめてくれているが、依頼主と雇い主の部分はマスクされている。殺し屋は電話で依頼を受け、目的地に飛び、ターゲットを探り、実行に移す。そんな当たり前の物語はリッチーのショートショートにはなかなか出てこない。どれもがツイストにツイストを重ねたへそ曲がりな物語ばかりだ。

 とりわけ『殺人はいかが?』など、殺人依頼そのものを研究する大学教授の物語は奇想に満ちていたし、夫婦間で殺意を交換する『フェアプレイ』のブラックさは、映画『MrアンドMrsスミス』などより、よほどスリリングな気がする。

 ターンバックル部長刑事の原形とも言える、バックル刑事が19世紀の未解決事件を解決するというお馬鹿短篇も、印象的である。おっちょこちょいでひょうきんなところは、まるでピーター・セラーズのクルーゾー警部である。

 それぞれに深い面白みがあり、描写も鋭く、歯切れがよく、ウィットに富む。こういうものが長年日本語化されていなかったということだけでも、十分に文学史上の悲劇だと思える。

(2007/12/08)