歩く影


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原題:Walking Shadow (1994)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1994.12.15 初版
価格:\1,748

 前作での不満を一気に吹き飛ばしてくれるこの作品。スペンサーは、ボストンから飛び出すと、えてして他の街ではいい仕事をするような気がする。今回の港町ポート・シティを制するのは警察署長ディスペインと中国マフィア。その設定だけでも既にいい。『蒼ざめた王たち』のような排他性を最初から感じさせてくれるだけで嬉しい。決闘に導かれる要素が強い。

 中国系のマフィアに対峙するスペンサーと言うのは初めてで、それだけでも興味深いのだが、ホークのみならず、ヴィニィ・モリスにまで手助けを求めるところは圧巻。ヴィニィ・モリスの早撃ちはビリー・ザ・キッドのように格好よく、彼が出てくるだけで危険の香りがぷんぷんと匂ってくる。このシリーズのもっとも成功した部分だとぼくは個人的に確信している。

 ストリートを中国ギャングが集団でやってくる。スペンサーが彼らを待ち受ける。しかしいつのまにかホークとヴィニィが姿を見せる。中国ギャングたちの背後でポンプ式散弾銃に装弾する音を響かせる。こういうシーンだけでぼくは十分だな、と思う。抑えに抑えたスペンサーの流儀の中に、こうした一触即発の導火線のような男たちの空気が混じる。そうしたシーンを持つ作品というのが、ぼくはやはりどこか好きなのである。

 だからこの作品、シリーズ屈指の傑作と判断している。本当にいいです。

 タイトルは、依頼者が尾行されるという状況、および街での中国人の俗称から。非常に気のきいたタイトルであるように思った。

 アルバイトとして通訳を買って出る女子大学生メイ・リンとの交流もなかなか映画的ムードがあり嬉しかった。とりわけホークとメイ・リンとのデリケートな交情は見ものある。世界が違う人々をいとも容易に出会わせてしまう、というのも、一方ではこのシリーズの売り物になっているのかもしれないな。
最終更新:2006年11月25日 00:52