快盗タナーは眠らない



題名:快盗タナーは眠らない
原題:The Thief Who Couldn't Sleep (1966)
作者:Lawrence Block
訳者:阿部里美
発行:創元推理文庫 2007.06.22 初版
価格:\760

 奇天烈な主人公を据えたシリーズでスラップスティック・コメディ。ブラック・ユーモアに分類されるであろうパロディ小説。そういったジャンルをローレンス・ブロックの作品でまるっきり読んでいないわけではない。そうした小説は、主にブロックの短編集に多く収録されている。

 もともと短編は読者のためや食べるためではなく、自由に好きなように、自分の楽しみのために書く趣味のようなもの。そんな紹介文で始まるのが、ブロックの短編集であった。長編には、それらの要素がどこか違った意味合いを帯びてくる。

 1966年当時、まだマット・スカダーもバニー・ローゼンバーもこの世に生んでいなかった時代に、ブロックは彼らに先駆けて、エヴァン・タナーというどのシリーズ・ヒーローとも違ったいわゆる奇人主人公を作り出していた。何故今さら邦訳されるのだろうと思えるくらい古い時代のことである。

 エヴァン・タナーのどこが変わっているのかといえば、まず本書のタイトル通り、主人公は脳に銃弾を受けて以来眠ることのできない人間になってしまったのだ。なので普通の人間より、夜が暇。その時間を勉強に当てたりして、タナーはさまざまな雑学薀蓄を獲得し、さまざまな語学を習得している。さらに奇人ぶりを発揮するのは、世界中のいろいろな会に入会していること。そしてそうした経費は、泥棒によって稼ぎ出している。

 この物語はまるでスパイ小説のように進む。トルコの金塊を狙って入国した途端、誤って留置場に投獄され、移送途中追っ手を巻き、アイルランドへ。そこで物騒な書類を預かってしまったおかげで、さらに複数の追っ手を作る羽目になる。さらにスペインからフランス、イタリアへと国境越えを繰り返すたびに、多くの追っ手を作ってゆく。さらにマケドニアでは革命の首謀者となってしまい、世界中から指名手配される国際スパイの汚名を着せられる。

 それでもタナーはしぶとく金塊を獲りにトルコへの再入国を図ってゆく。感情描写がほとんどなく、一人称でありながらクールな描写が続く。尋問を受けてもまったく動じず、周囲を煙に巻くのだが、私が思い描くのはクルーゾー警部を演じたピーター・セラーズの剽軽さだ。

 しかし、あまりの淡々とした描写は、少々退屈だ。波乱万丈な内容だが、掴み所がない部分、逆に読みづらい。コメディと言うには笑える部分はそう多くはない。ウェストレイクほどの楽しみは味わえない。若書きということなのだろうか。

 クライマックスの意外な運び方などを見ていると、短編の味わいだったかなと思える部分も大きい。ただこれを短編で作り直すことは難しいだろう。短編というには少しキャラクター像を細かく設定しすぎてしまった感が否めないのだ。

(2007/11/21)