秘められた貌


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題名:秘められた貌
原題:High Profile (2007)
作者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:山本 博
発行:早川書房 2007.09.15 初版
価格:\1,900



 世の中にシリーズを書く人がいて、それを読む、シリーズ読者というものが存在する。シリーズ読者の内容については、ついぞ分析したことがないのだが、誰かがいつかどこかで分析してくれれば、それなりに興味深く感じることができると思う。

 シリーズは一作目から順番に読んでいるのか、否か。前作までのストーリーやキャラクターについてしっかりと覚えているのかどうか。もし、覚えていない場合、前作などを読み返すのか、はたまた忘れていてもどうでもいいのか。それとも、シリーズのどこからでもランダムに一作の独立した長編作品として読むということに抵抗を覚えないのか。シリーズ作品と言えども一作一作は独立した小説として、楽しんでしまえるのか。シリーズのキャラクターが他のシリーズに出張してもいいと思うか。その場合、どちらか一方のシリーズしか読んでいない人でも、完璧にその作品を楽しめると思うのか。

 以上、たかだか一例であるが、ぼくは最近のパーカーを読むときに、大抵以上のような疑問を頭のどこかで挙げ連ねてリストアップしているような気がする。もちろん作品を楽しみながら、その一方で、こういう読み方はいいのか、あるいはこういう作者の姿勢は許されるものなのだろうか、と、実に、あれやこれやを。

 本書は、またそうした傾向に拍車をかける作品でもある。何しろこのシリーズ・ヒーローであるはずのジェッシイが、同時に二つの事件を抱え込み、その一つを別のシリーズ・ヒロインであるサニー・ランドルに任せてしまうのだから。基本的にはジェッシイを主体とした三人称で成り立つはずのところを、一部サニーの三人称というスタイルでまかなってゆくのだ。不思議だし、違和感がある。

 ぼくはどちらのシリーズもちゃんと出版順に読んでいるので、これでも違和感がない方だと言っていい。作品の発表感覚は長くはないし、どんどん繋がったサーガとして味わえないことはない。元はスペンサー・シリーズのキャラクターといえども、共通して他の二つのシリーズに顔を出す人々も存在する。だが、このシリーズだけを寡黙に読む人には、彼らが何者なのかはヒントさえ与えられていないわけで、ぼくにはそれは極めて不公平なことのように思える。

 最近のパーカー作品は、シリーズ読者を対象に描き過ぎることによって、独立した単発長編小説としての魅力を少し殺いでいるのではないか、ということの方が、ぼくは心配だ。エド・マクベインの87分署シリーズであれば、その中での刑事たちのヒストリーはあっても、どちらかと言えば独立した事件を扱い、独立した長編として楽しめるものが多いはずだ。作者は、この長大なシリーズをどこから読み始めても、さほど興味が半減しないように作ってきたのだと思う。

 だからこそパーカーの手法は、少しいびつなのではないかなと心配になることがままあるわけだ。この作品は、二つの、いや総じて言えば三つのシリーズの三つともの続編ですらある。そのシリーズにせよ、書棚から無造作に抜き取って読み始めるタイプのものではなく、パーカー読者としてすべてを読む読者向けのいわゆる「番宣」効果みたいなものがそれぞれの作中に埋め込まれているような、一種作品を売るためのコマーシャリズム、のようなものさえ、穿ってみれば考えられないことはない。

 ぼく自身はシリーズを完璧に順番どおり読んでいるので支障はない。作者の提供するサービス精神を味わうことができる。TV番組「CSI」のマイアミ・ニューヨーク合同捜査篇のようなものだと理解している。だけどこれからパーカーを読んでみよう、と思い立つ若い読者に対しては、何て不親切なのだろうとぼくは危惧する。

 それはアメリカ人の男女の性のあり方た結婚観にしても、同様である。パーカーの作る男や女たちは一度結婚したら、離婚しても実に未練がましい。セックスでは自由になり奔放になるくせに、互いに相手のことが生きるために不可欠だと言ってのける図々しさ。これを日本的文化は許容できないのではないかと思う。デリカシーというものを書いているはずなのに、途轍もなく愚鈍に見えるこの無神経さがアメリカ人の男と女を形作る文化なのだと言われてしまえばそれまでだが、どうもしっくりこない。

 事件だけを淡々と描くことで、独立した長編作品を書くという他の作家にとっては当たり前のことが、もしかしたら、この作家にとってもはや至難の業なんだろうか?

 ぼくはこの作家の先行きが、心底、心配でならないのだ。

(2007/11/11)