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約束の地で





題名:約束の地で
作者:馳 星周
発行:集英社 2007.9.30 初版
価格:\1,400




 作家には、それぞれ流儀というやつがある。馳星周には、馳星周の流儀というやつがある。一見、とても変化を見せた球をキャッチャー・ミットに放り込んでいるようであっても、彼の狙いどころだけは変わらない。本人が変えてみせようとしても、まずもって変わらない、体に染み付いた空気のようなものが、できあがる。とりわけ大人の男にはそうしたものが、いつかしら、纏わりついてくるものである。

 本書は短編集。すべてが北海道の秋、または冬という寒い季節だけを背景にした、少しモノトーンで重たい空気の作品ばかりだ。主人公は人々であるようにも見えるのだが、むしろ舞台装置である北海道の太平洋に面した、特異な地帯であると言っていい。

 本州の人にはあまり知られていないことのように思うのだが、北海道の太平洋側は、冬もほとんど雪が積もらない。降りはする。しかしそれはやがて風に攫われたり、暖流の影響を受けるなりして、吹き飛んで、あるいは解け去って、消え失せる。代わりに、原野にも似た、荒れ果てた光景だけが残される。広漠、という言葉がこれ以上に似合う場所も、あまりない。

 誰にも心象風景というものがあるのなら、馳星周にとっての心象風景は浦河から苫小牧にかけて広がる太平洋岸の鄙びのそれであろう。馳は浦河に生まれ育ち、苫小牧の高校時代にはサッカー・ボールを蹴っていた。山の中で木々に囲まれて、蹲る時間、なんていうものも体験した、そんなことまで本人の口からぼくは聴いたことがある。

 それがどれほど田舎なのかわかるかい? 都会に憧れる青年の気持ちを代弁するかのように、彼は故郷に複雑な気持ちを抱いていた。

 その正体が何であるのかは、東京生まれの山岳会OB、札幌在住である私には、ちょっとわからない。少なくとも私が知っていた一時期だけの馳星周は、新宿歌舞伎町の雑踏に身を潜める快感を選び、自然や田舎と言うものに対してこれっぽっちも愛着を表現しない20代半ばの若者だった。志は豊かだったが、心は飢えており、体を酷使し、感情が豊かな、とても人間らしい振幅に満ちた魅力的な青年だ。

 彼が吐き捨てるように口にする「北海道のド田舎」の正体について、少なくともこの作品集は、その理由の一部を物言わぬ声で語ってみせてくれている気がする。作中には彼の育った土地がとても具体的に出現するし、彼が一時期身から離すことのなかったサッカーボールや、今も大好きで家族みたいに過ごしている動物との生活などが描かれる。

 家族を求め、家族に反抗し、愛を求め、恨みに身を焦がす。そんな、素裸にされてしまう田舎だからこその悲しみを身に纏った人々の、漂泊の生き様ばかりが、荒れ野を渡る風のように描かれている。まだ血と金銭と性と暴力という馳文学の材料にこだわる傾向が鼻につくとは言え、これまでになく、言葉を慈しみ、故郷への回帰の念を感じさせるほど丁寧で渾身の書きっぷりこそが、この本の醍醐味であるかと思われる。

 ヘミングウェイのように書きたい、そうした帯の言葉を裏付けるかのように、彼は彼の体験した過去への旅を始めた。馳星周、完全脱皮の気配すら感じさせる、かつてなき硬質なる一冊である。

(2007/10/29)