水の通う回路





題名:水の通う回路
作者:松岡圭祐
発行:幻冬舎 1998.11.15 初版
価格:\1,800



 何を語り出すかわかならい作家。そういうイメージがあるのは『催眠』がとても風変わりで個性的であったからだと思うけれど、本書はいわゆるきちんとしたミステリーという体裁を取りながら、やはりその印象を強くさせる物語。
 臨床心理士という作家自身の職業とは少し距離を置いたところの物語。ゲーム制作会社の企業ミステリと言えないこともないけれど、ミステリ色が濃いかと言われればそうでもない。マスコミ、厚生省といったところにまで及んでゆく社会的スケールを用いて、社会問題化してゆく奇妙な事件を複数の主役が追ってゆく。

 あるゲームをやった少年だけが黒いコートを着た男の幻影に脅え、自傷行為その他奇妙な行動を取り始める。そしてそれが全国レベルに波及してゆくという事件の奇妙さ、つかみの確かさはこの作家の催眠効果そのものと言えるかもしれない。

 しかし独特の松岡ワールドを期待して読むと少し肩すかしを食らうかもしれない。精神、心理の謎に迫るという意味ではあまりダイレクトではないけれど、少し遠目のレンズを使って人の心の奥底を側面から照射したくなったのかもしれない。作者にとっては少しだけ亜流的な作品か。

 正直言って松岡圭祐には、もう少し娯楽色の強いものを望みたい。それでも実験としてはこうしたチャレンジは買っておきたい。作家には作家なりの限度の感じ方というものもあるだろう。殻を破る意思というものはぼくは尊重してあげたい。未読だがその意味で新刊『煙』にも期待したい。

(2000.03.20)
最終更新:2007年10月15日 00:08