警官の血



題名:警官の血 上/下
作者:佐々木 譲
発行:新潮社 2007.09.25 初版
価格:各\1,600

 『うたう警官』シリーズ、そして『駐在刑事』と、ここのところ警察小説に新たな才能を遺憾なく発揮している佐々木譲が、その集大成というべき大作として完成させたのがこの作品。戦後三代に渡って警察官を継承した一家の大河小説である。もちろん大きくは戦後史を背景にしたビルディングス・ロマンとしての大きなうねりを読み取れるほどに、作者の小説史のなかで大きなエポックとなる作品であることは確実である。

 戦後上野の難民の群れから、朝鮮戦争特需で復興に湧く東京の姿、日米安保協定の時代と全共闘の歴史、さらに現代へと連なる大きな歴史のさなか、二つの未解決殺人事件と駐在警官の謎に満ちた死があった。その息子による真相の追究と、そのさらに息子による解明に至るまでの、大きな時間軸を使った長大なミステリであるとともに、一方で三代の警官それぞれの時代背景に即した個の物語でもある。

 当然、時代の闇に触れながら、警察という名の権力構造と強固な組織の抱え込んだ暗い部分について、本書は現代の裏金構造に至る批判精神を忘れることなく綴ってゆく。そして『うたう警官』でも『駐在刑事』でも描かれ、本書でもその精神を継がれたのが、腐った組織の中でも、とも腐ってゆこうとはせぬ赤い林檎たちのピュアな正義感と頑固さである。佐々木譲という作家らしく、どの時代を描いても、時代に闇や影があり、その中で決して失わぬ頑固な正義を貫こうとする少数の闘う者たちの姿が、本書でもしっかりと描かれてゆくのだ。

 もちろん複雑な時代と世相である。怪奇な警察組織内部に依存した警官という職業である。その複雑な魍魎の巣の中で、一駐在警官という立場を常に核にした考えをする親子三代の男たちの歴史を紐解く時、佐々木譲という作家がこれまで描いてきた作品の礎の部分が、さらに露わになり、一寸もぶれていないこの作家の一途がわかってくる。

 時に、戦後北大から始まり大菩薩事件に終わるまでの、人格さえ破壊しかねない内偵のエピソードや、暴力団と捜査官と癒着を実証するために送り出される偽装所属部署でのエピソードなどは、それだけでも一冊の長編小説が描けるくらいに重く、緊張に満ち溢れているのだが、それらすらも、戦後延々と続くこの大きな物語の渦中においてはただの一シーンに過ぎない、とでも言うように、大ストーリーは最後の最後まで大団円を迎えようとはしない。逆に言えば、ラストシーンの重たさは、ここに至る道程の長さに比例しただけの価値を持つのである。

 そう言えば、同じテーマでロバート・B・パーカーがアイルランド人警官家族の親子三代を描いている。『過ぎ去りし日々』だ。アメリカの警察官はアイルランド人が多いと言われる。殉職者もアイルランド人が最も多く、そこに民族の気質があるからだというようなことを作者は作中で言っていた気がする。国家や歴史、国民性を語るときに、警察小説という一エンターテインメントの分野で語るというとき、日常接しない警官の姿は、確かに異様な説得力を秘めているのかもしれない。

 本書は、ある意味で、ある時期、ある地点に立つ確かな金字塔であろう。それは現代日本に最も相応しいものだろう。沸騰しつつある現代日本の警察小説。その歴史にまた一つ大きな主流と言える作品が確実に名を残したと言える。

(2007/10/08)
最終更新:2007年10月08日 22:38