終決者たち





題名:終決者たち 上/下
原題:The Closers (2005)
作者:マイクル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2007.9.14 初刷
価格:各\714

 ボッシュがかつての同僚キズミン・ライダーの奔走によってロス市警に復職することになるのは、前作『天使と罪の街』のラストで暗示されていたが、本作はこれを受けて復帰初日のボッシュからスタートする。

 それでも軽快で陽気なカムバックのおめでたさとはどことなく無縁である気配が漂うあたりもボッシュらしい。本人は復職により、本来のハンターとしての機能性を取り戻す喜びに溢れているし、同僚たちも信頼ある仲間の復帰をそれとなく喜んでいるかに見える。しかし彼が復帰した部署は、未解決事件班という極めて特殊な部署である。

 現在の事件ではなく、過去に一度捜査されたものの、いわゆる現在はお宮入りとなっている事件に、現在の捜査技術というより明るい光を当て、ふたたび調査を再開するという誕生後まだ二年になるばかりの新しい捜査チームなのである。

 海外ドラマに詳しい人なら、『コールド・ケース』を思い浮かべてくれると思う。これはフィラデルフィア市警内の迷宮入り事件を再捜査する専門チームを描いたミステリ・ドラマであり、様々な年代に一度諦められ、証拠が段ボールに集められ、しまいこまれてしまった事件が、それぞれのストーリーをかたちづくるものである。

 本作でも、ボッシュが自分の部署を説明するたびに、相手は「コールド・ケース(未解決事件)」だねと反応する。作中で、捜査技術の一環として語られるのが『CSI』であると同様に、どちらのドラマ・シリーズも有名な映画製作者ジェリー・ブラッカイマーの手になるものであり、どちらも驚異的な人気ドラマである。

 ボッシュは自分の所属する部署を「コールドケース」ではなく、「クローザーズ(終決させる班)」だと言い直す。未解決のままでは承知できない性格、というのが、この作品で改めてボッシュのなかでフォーカスされたテーマであるかのように。

 ボッシュは、これまでのヒストリーが物語るように、ジェイムズ・エルロイのごとく母を殺害された未解決事件の被害者孤児である。ボッシュが被害者の悲劇にシンクロしやすく、なおかつ犯罪者を憎悪する背景として与えられらトラウマは、彼の犯罪孤児経験であり、その後の非行から立ち直って警察組織に入り込んだ経験である。そのことは本書の中でも改めて語られる。

 ボッシュが警察組織に復職したことの心理的確認作業が、ボッシュの中で改めて繰り返され、検証されてゆく。それが本書の一つの読みどころでもあり、ボッシュの核に迫る重要なプロセスでもある。

 本書の上巻のほとんどを使って、復職初日に与えられた過去の未解決事件と、このことへのボッシュの取り組みが、微細に渡って語られる。このディテールがまずもって凄まじい。細かく、デリケートなものごとと感じられるのは、対象となるできごとが17年前のものであるからであるし、ボッシュが復職し取り掛かっているという現実そのものへの問いかけの作業でもあるからだ。

 事件の捜査の背景に徐々に見えてくる警察内の闇の部分。ボッシュと対立してきたあの人物アーヴィン・アーヴィングが体現する現代のロス暗黒史とも言えるタブーのパーツだ。ボッシュの内面を追いながら、なんでもない少女殺害事件が、大きな時代背景と超法規的動きを裏に抱え込んだ途轍もない大事件へと膨らんでゆく過程には、いつもながらコナリーという作家の凄みを感じざるを得ない。

 ミクロから一気にマクロへ。捜査は変転し、見えていたものが全然べつの形を取り始める。このダイナミズムこそが、コナリー作品の魅力なのだと思う。ディテールを積み上げるチャンドラー張りの行動描写と、キャラクター描写。読者の共感を掌握したところで、不当な時代への闘いを共にしてゆくバーチャル感覚が得られる小説。作品ごとに凄みを増してゆくと言われる本シリーズ。そうした噂が全然ブラフでない現実を、是非多くの方に体感頂きたい。

(2007/10/08)
最終更新:2007年10月08日 22:34