この指とまれ GONBEN





題名:この指とまれ GONBEN
作者:小川勝己
発行:実業之日本社 2007.09.25 初版
価格:\1,800





 鬼才・小川勝己、渾身のコンゲーム小説である。コンゲームとは、即ち詐欺。詐欺のことを数多くの犯罪のうちでも警察などの業界用語で「ゴンベン」と称するらしい。ゴンベンは、実際には難しい。しかし世の中は彼らの犯罪で溢れかえっている。巷にいくらでも存在する素材である個人情報、携帯、カード、ネットは、詐欺を育てる飼料みたいなものだ。

 そんなコンゲームの世界を小説という形で、しかも娯楽性豊かに描くというのは、けっこう難しい。作家がコンゲームのアイディアを考えなければならないし、それを読者に見破られぬよう裏の裏までをプロットに仕込んでゆかねばならないからだ。

 コンゲーム小説の代表的な書き手を挙げろと言われれば、他の人はどうあれ、私は一番手にロス・トーマスを挙げる。俗にクライムノベルの書き手と言われるが、彼の仕込む犯罪はコンゲームに近いほど凝りに凝っている。裏切りは、当たり前、信頼できる人間は一人につき最低一人くらいしか周りにいない。クールなようでいて浪花節であるのがロス・トーマスのいいところなので、信用の置けない業界の中で、大抵の男たちは一人くらい、信頼に値する仲間を持っており、だから異常なくらいに二人コンビの物語が多い。思えば、詐欺を描いた映画として有名なジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング』も二人組だった。

 ロス・トーマスや『スティング』の時代は、まだ良かったのだと言える。現代の日本の若者事情を背景にした青春詐欺小説である本書では、互いの人間同士の距離がかつてのように甘やかなものでもなければ、もちろん浪花節でもない。何となく演歌に近いような博徒的歌は随所に出てくるし、喜劇的で大時代で、どことなくアナクロでレトロな空気さえ漂わせている一味の物語であるのだが、所詮誰一人として信用のならない孤独な人間の組合みたいな活動であるところが、この物語の基調となるトーンである。

 だから人はすべてが悲喜劇を生きているように見えるし、作者の視点は限りなく痛烈で非情極まりないように思われる。普通の学生であることや普通のプータロウであることを辞めて、犯罪の世界に身を投じ、スリルと札束に生きがいを求めることで、友情や愛情をはなっから捨て去っている彼らのストイシズムは一歩間違えれば病的でさえある。

 生々しい詐欺のいくつもの手口は、徹底して悪どく、残虐な試練や犠牲者の苦痛や命の危険までをも伴う。詐欺師は人を殺さない、というようなものがかつての古き良き時代の掟であったと思うし、コンゲーム小説の魅力でもあったと思うが、本書では苛烈なまでの暴力を施された死者が何体も登場する。もはやコンゲームもその他の犯罪も、ルールを失い、その掟なき無常の世界で、彼らはさまざまな重たいものを賭けて生きてゆく。

 それぞれの章は独立した連作短編集のようにも読めるが、全体にはロングスパンでの伏線が張られており、それらの存在は最終章で明かされる。すべての地図や絵を書いていたのが誰であるのか、この物語全体をコントロールしてきた者がどいつであるのか? そんなところまで疑いに疑いながら読むことのできる、本書は、絶対に信用してはならない小説である。とても小川勝己らしい人物造形が読後に浮き彫りにされるはず。即ち毒気に当てられ、しばし後遺症が残るかもしれないということである。

(2007/09/30)
最終更新:2007年09月30日 23:59