奇跡の人





題名:奇跡の人
作者:真保裕一
出版:角川書店 1997.5.25 初版 1997.6.25 3版
価格:本体\1,700

 高校を出た頃に書いた自分の習作小説を思い出してしまった。必ずしも似た設定とは言いがたいけれど、こんなプロットであった。

 ある青年が、見知らぬ女に呼び止められ、瓜二つの恋人と間違えられ、その女性との新生活を唐突に始めてしまう。その間記憶を失ったふりを続け、綱渡り的なあやうい日常を開始する。ところがやがて真相が発覚してしまい、それと同時に青年は事故に遇う。そして本当の記憶喪失になって別の女性との新しい生活を始めるところで終わる……というシロモノだった。

 その青年の核となる元々の自分はどこに行ったのか? どこへゆくのか? というのがそのとき書いているぼくの最大のテーマであり命題であったのだが、それにしても偶然性に寄り掛かったような甘えたプロットであったかな、という気がしていた。もちろん十代後半のぼくには、文章力なんて恥ずかしいくらいになかった。

 そんな昔を思い出すくらいに、この小説も偶然性に頼りすぎた感じが、我がことのようにいやだった。特に後半、結末にかけての偶然性の連続には嫌悪感に似たものすら感じてしまった。

 前半、ぼくのプロットが恥ずかしくなるくらいに、こちらの作品は、さすがに下調べの丹念さを思わせるディテール描写、それでありながらスリリングな雰囲気を漂わせながらながら、後半、収束に向けて少々娯楽性を意識し過ぎたきらいがあると思う。作品の問うものが自分の過去のものに似ていただけに、個人的に実にもったいない作品と感じてしまった。

 でもそういうわけで、ぼくにはすっごく個人的な意味で印象的な小説には違いなかったのである。

(1997.08.31)
最終更新:2007年09月30日 14:09