奪取






題名:奪取
作者:真保裕一
発行: 1996.8.20 初版
価格:\2,000

 偽札作りのリアリティってことで、書店でぱらぱらしただけで買ってなかったのがこの本。しかし評判を聞きつけて改めて購入し読んでみると、何と締め切り前に読んでいれば『このミス』アンケートで必ず登場していた作品であったのだ。ああ、『神々の座を越えて』に次ぐ悔恨の念!

 ぼくはこの作者は『ホワイトアウト』しか読んでいないので、この作品のような比較的明るく遊びの多い作品に触れるのは初めてである。主人公のストレートさ、そして何度でもめげずにしつこく食らいついてゆく心意気などなかなか魅力的であった。しかもそれを知で乗り越えてゆこうというところに、この小説の魅力のすべてがある。

 いわば面白い小説というのはままあるけれど、魅力的な小説というのはそれに決して比例するほど多くはないのだ。このあたりをクリアするために小説にどういう力が必要なのかは、容易に説明することはできない。ただこの『奪取』のような作品が、そのラインを越えた、質のいい小説であることは、ほとんどの人が感じられることだろうと思う。

 一つにはもちろんキャラクター造形の見事さもあると思う。この小説を成り立たせている主人公を初めとした個性的なキャラクターの一人一人になず脱帽。敵も味方も実に印象に残る人物がいっぱい。緻密な偽札作りのディテールは、ぼくはあまり好きな部分ではないのだけれど、ここを斜め読みしたって、この小説の切れ味の見事さは残るように思う。

 騙し、騙されのコンゲーム小説的な味わいに、襲撃やアクション・シーンも加わったサービス満点のエンターテインメント。読後の感じも悪くない実にFADV向きの一冊である。 

(1996.12.18)
最終更新:2007年09月30日 14:07