ホワイトアウト





題名:ホワイトアウト
作者:真保裕一
発行:新潮ミステリー倶楽部 1995.9.20 初版
価格:\1,800 (本体\1,748)

 この作家の本を手に取るのは実のところ初めてなのだけど、けなし批評が全くアップされていないのも肯けました。自分は雪山経験が多いのでこの手の、雪を素材にした冒険小説が、新田次郎の山岳小説みたいなノンフィクションではない形でいつか日本に現われないものかと期待していたのだけど、これはその記念すべき作品の一つと言っていいのじゃないだろうか。

 以前より某読者と志水辰男の『飢えて狼』の第二章は素晴らしいですねと誉め湛え合っていたのだが、あれがいわゆる冒険行の細部を描く日本小説の金字塔であったと未だに思えている。そしてこの細部を描く冒険行ということでは谷甲州の『遥かなり神々の座』が素晴らしかった。雪や岩や山岳ゲリラとの逃避行だけで成り立っているような非常にぎっしりと内容の詰まった冒険小説だった。谷甲州は昨年の『凍樹の森』の100ページに渡る序章でも素晴らしい狩りと闘いの描写をやってのけて、その筆力に唸らせられたものだが、真保裕一というこの若手作家は全く谷甲州に匹敵するか凌駕するくらいにいい作品の書き手であると、ぼくはこの本を読みながら唸りまくってしまったのである。

 リアリティのある雪中行の描写という意味では冒頭の救出行以外は、ほんとうの雪中行のラッセルの苦しさを知っている身には、正直それほど見所はない。というのは主人公の体力がスーパーマンみたいだからだけど。雪の壁を攀じ登るという作業は全身運動なので、山の世界では普通は一人でのラッセルなどは不可能みたいなものとされている。ラッセルには頭数を用意して、数十分おきにどんどん先頭を変えて進む。そうでもしないととても持たない。鍛えた若い身体が持たない。そういう意味で一人で新雪の積もったダムを越える主人公には、これは本来幻聴や幻覚が出てもおかしくないほどのダメージがあると思えるのだが、この辺、時間的に少しリアルさに欠けているきらいはあるのだ。

 しかしこの本の優れどころは、雪そのものよりダムの構造のほとんどすべてを生かしまくったところだと思うのである。このダムのモデルはどう考えても奥只見の銀山湖のダムとしか考えられない。自分自身ここ(奥只見丸山)でスキーをやったこともあるので、信じ難いほど長いトンネルの荒削りな作りなどは、描写のまま。ましてやぼくなどには知ることもできないダム内部の構造をここまで生かしていることなどは、もうその小説作りへの執念に圧倒されるばかりです。そしてこういう作品作りは今の出版事情から言っても画期的なことだと思うし、こうした一年一作ペースでいい作品を世に送り出してくれる作家がさらに増えて行くことを期待してやみません。

(1995.11.05)
最終更新:2007年09月30日 14:04