真紅の歓び


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原題:Crimson Joy (1988)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:ハヤカワ文庫HM 1995.11.15 初刷
価格:\560

 スーザンは人生の選択に関する選択を繰り返したあげく精神科医になっている。ぼくにはそれはどうでもいいことのように感じられていたのだけれど、この作品にきて、スーザンの職業が一躍事件と強く関わってきたのには驚かされた。この点は、なんと言ってもこの作品のハイライト。そう言い切っていいと思う。

 実はこの作品以降もスーザンはスペンサーの事件の内容に職業的感心を抱いたり職業的助言を与えたりし続けるが、なんと言ってもそれらは事件のヒントであり、小説の間奏としてのスタンスである。しかし、この本に限ってはスーザンそのものが事件に関わるヒロインを演じさせられ、主旋律を奏でているのだ。

 上記の理由でのシリーズ的関心もさることながら、サイコ的犯人像というのは実はハードボイルド世界にはけっこう珍しいのではないだろうか。ハードボイルドもサイコ・サスペンスもぼくはなぜか両者ともに好きな部類なのだが、これらのデュオというのは今まであまり記憶にない。

 もう一つこの作品に特徴があり、これも興味深くぼくは読んだ。それはスペンサー・シリーズでは数作でしか見られない別視点で描かれる描写。いつもスペンサーの一人称で綴られるシリーズではあるが、時に必要に応じて、あるいは娯楽性を高めるためであるのか、パーカーという作家はハードボイルドのチャンドラー的姿勢を一挙にこうして崩してくることがある。

 読者にとっては、すべて一人称で語られる物語と別視点の混じるものとは全く別物である。「読者の知」と言うのか、後者では作品世界の人々の知らない部分を読者は神の視点の近くから得ることができる。三人称ハードボイルドはハメットなどではよくあることだが、やはりそれでも本作のような多視点というのは、あまり見られないことのように思われる。

 そのあたりの視点、人称の問題で、ハードボイルドの規格にうるさい方からは不評を得てしまっているかもしれない。長いシリーズの割にそのあたりにけじめというものがないのは、パーカーのパーカーたる由縁だっていう気がしないでもないけれど。

 ちなみに、ぼくはこの本はけっこうスリリングで面白かった。きっとサイコとして独立していたら失敗作だったような気がするけれど、スペンサーのシリーズであったからこそ、きっと面白かったのだろうと思う。またハードボイルドの規格については、パーカーという作家の場合、ぼくはこだわりを持っていないのであまり気にしていなかったりする。