パラサイト・イヴ






題名:パラサイト・イヴ
作者:瀬名秀明
発行:角川ホラー文庫 1996.12.10 初刷
価格:\800

 今年になって、今ごろ『パラサイト・イヴ』。ホラーに限っては、ぼくは今年デビューしたばかりの若輩者みたいなもの。そのきっかけとなった『リング』シリーズに共通していたものは、意志を持つ主体の奇妙さ加減であった。『リング』ではビデオテープが、『らせん』ではウイルスが、『ループ』ではシミュレーション・ソフトが、意志を持つ主体になったときに恐怖が生まれた。そして『パラサイト・イヴ』ではミトコンドリアが、強烈な進化への意志を示す恐怖が描かれている。それらの奇妙な意志の主体により、多くの人間たちが躍らされるところにさらに複雑な物語が発生してくる。

 ビデオテープやソフトウェアに意志があって何かを目指すというのは、考えてみれば相当に無気味な話だと思う。でもそれ以上に薄気味の悪いのは『リング2』のウイルスが意志を持ち始めたという下りだった。ウイルスせよ遺伝子にせよ、それなりの意志を持って存在し始める。そのことは理解しやすいと同時に、非常に現実的な恐怖に直結する。遺伝子は、進化を目指すが、ぼくらはけっこう進化を望まない存在であると思う。自分を守る方向に向かうぼくら人間は、進化によって置き去りにされ絶滅してゆくことを恐れる。だからこそ、遺伝子ホラーは心底怖いのではないかという気がする。

 前置きが長くなったが、この『パラサイト・イヴ』も、そういう恐怖を主題にしている。著者は現役の細菌学者であり、ミトコンドリアの人間への侵略というのが、この作品を絶対的に面白くしているアイディアだ。そうした理科系の恐怖に、いわゆるモンスターものを括り合わせたようなイレギュラーな作りが、『パラサイト・イヴ』という作品の変異的要素であり,個性であると思う。

 水の滴るような音。迫って来る液体の音。姿形を無気味に替えてゆくミトコンドリアのモンスター。こう書くと円谷プロ制作の「ウルトラQ」か「怪奇大作戦」かと言いたくなるところだが、実のところ、この理科系ホラー小説にはそういう古典的な怖さ自体は期待したほどにはなかった。その点ではリング・シリーズの方がはっきり言って怖い。

 『パラサイト・イヴ』では恐怖は、より論理的な思考の延長上に待っている。表現的にいかにぐちょぐちょびちゃびちゃしたものであっても、怪奇小説の血の醍醐味みたいなものは、ぼくはそれほど感じることはできなかった。むしろこういう物語を構築するベースの方が遥かに興味をそそられてしまいました。ぐちょぐちょの方は映画で見てみたいと思ったけれども、なんだか映画は恋愛方面に主題がそれて行ってしまって、そう成功したものではないらしい(『松岡佳祐の「千里眼」「催眠」研究』徳間書店参照)。

 今年横溝正史賞を受賞した小笠原慧『DZ』が進化の恐怖を別の形で描いているのだけれど(もちろんあちらはミステリやアクションの色が強く、手法は全然本作とは違う)、その恐怖に比べると『パラサイト・イヴ』は最早や古典かと思われてしまう。いくつものフィルターが恐怖を覆っていて、むしろそのフィルターの方を楽しむような小説とでも言うべきかもしれない。もちろん発表当初はそれなりのインパクトがあっただろうことは容易に想像できるのだけれど。いつも思うことだけど、新作はまさに旬のうちに読むべきなのである。

(2000.11.05)
最終更新:2007年09月30日 13:13