犯人に告ぐ





題名:犯人に告ぐ
作者:雫井脩介
発行:双葉社 2004.07.30 初版
価格:\1,600

 この作者の名前を聞いてすぐに『火の粉』を読んだときのインパクトを思い出すのだが、すぐに新作を手に取らなかったのは、どこか心の中で逃げている部分があったからだと思う。前作はいわゆる心理スリラーであり、粘着気質の人間につきまとわれる恐怖を日常の中に描いたものなのだが、時間が経つにつれ残ってゆくものは、作品が漂わせる印象の悪さのようなものばかりだった。

 自分の『火の粉』の感想を読み返してみたら、読後直後にはそういう印象とは全く逆の方向を示しており、むしろエンターテインメントとして作者の才能を非常に高く評価しており、しかも作品もノンストップの面白さだったという内容である。では、この後味の悪さのようなものは一体どこから生まれてきたのか。

 その答えを見つけようとしている自分が『犯人に告ぐ』を読み薦めるうちに朦朧とながらも、実は見えてくる気がした。

 本書は捜査小説である。実際にはあり得ないだろうと思われる民放ニュース番組を使って警察が犯人を炙り出すという、劇場型犯罪ならぬ劇場型捜査であるというアイディアは型破りながら、絶対に国家機関、お役所とよばれる気質が民間企業であるメディアと表立った癒着を見せることはないだろうという確信のもとに、読みつつもそこそこ肩入れされなかった競合民放との情報戦を交えながら、まるでスパイ小説のような趣も加えて、一度威信の失われた一人の捜査官の再生への戦いを描いているものである。

 ただこのメインストーリーの裏側に存在する誘拐殺人犯の像が、火の粉の犯人像とダブって、やはり後味が悪いのであった。もちろん主人公も含めて、捜査側も十分に粘着気質なのである。警察内でスパイの役割を果たす上司、さらに公開捜査の質を高めるために工作を行うさらなる上司、等々。それを救う脇役数名のからっと言動爽やかなセリフがちりばめられていなければ、本書はぼくにとってもっとずっと後味の悪いものになっていただろう。

 誘拐犯人たちの顔がのっぺらぼうのように表情がなく、捜査に答える形で手紙を送りつけてくるその愉快犯的な表現に心の空疎を感じるし、犯罪そのもののためらいのない陰湿さ残酷さ、その標的がちょうど読者であるぼくの息子と同年齢の子供たちであることなど、エンターテインメント小説としてやりきれない部分が沢山残っており、そのあたりがこの作者の売りにもなっているあたりが、どうやらぼくの心情を遠ざけるたぐいのものであったのかもしれない。

 せっかくの面白さが、なぜ横山秀夫の作品のようにすっきりと割り切って味わえないのであるか、その辺の謎が一応納得というかたちに収まった感のある本書なのであった。考えにくい想定を土台にしているところも、リアリスムにかけて今一歩である。そういう部分を除けば(仮に除けばだけど)、非常によくできた作品なのだけれども。

(2004.12.05)
最終更新:2007年09月30日 12:29