火の粉





題名:火の粉
作者:雫井脩介
発行:幻冬舎 2003.02.10 初版
価格:\1,600

 初めての作家をろくに情報もなしに読んでみる場合には、思わぬ勘違いをすることがある。この本を開いたときにも、冒頭からして、この作家は司法関係の人なのだろうか? などと考えたのだが、日本では司法関係の仕事の人は司法関係の仕事ばかりしていて小説なんか書かないよなあという現実に思い当たる。海外ではやたらに弁護士、かつ作家の人が多いけれども、『法律事務所』などで描写されている法律家の多忙さを読んでいると、どうして小説を書くひまがあるのだろうと疑問に思う。

 というわけで法廷で始まり法廷で終わる堅い物語のような見せかけでサンドウィッチされた内容のほうは、さほどお堅くない、いやむしろエンターテインメントに徹したサイコ・サスペンスなのであった。

 小説の主人公と思われた判事は引退し、大学教授というおとなしめの職業に転身して、この世のよしなしごとから逃避している。ここでは本当の主人公は、彼の家庭内をやりくりする妻と嫁なのである。彼女らをじわじわと恐怖の淵へと追い込んでゆくのが、夫・義父である判事に無罪を言い渡された隣人。

 隣人というのはある意味、最も近くにいる他人というだけで、ある種の警戒感を産み出す存在であるし、そこには家庭とそれ以外という括りがもたらす根源的な恐怖感のようなものが埋もれている気がする。本書はそういう恐怖に加えて、ウィリアム・ディールの『真実の行方』みたいな判決の向こうの真実という「疑わしさ」が引っ張ってゆくタイプの心理ドラマであり、なおかつ登場人物以上に読者側がどんどん情報を蓄えてしまう構成なので、先を読んでしまう類いの恐怖小説でもあるわけだ。

 特に読者だけが多くの情報を読まされているために、登場人物の対応が遅すぎ、弱すぎ、油断のしすぎといういらだたしさを覚えさせる、アメリカ映画にはよくあるタイプの悲鳴スリラーでもあり、これは見方によっては作者め、またわかった風な仕掛けをしやがって、という言わば仕掛けの見えるいやらしさでもあったりする。

 その意味でのめり込み度は浅いが、すいすいと恐怖を呷られつつ先に進んでゆきたいタイプの第一級の娯楽時空間であることには間違いないわけである。若い作家なのに感心させられてのが、主婦たちのリアルな日常描写。料理、子育て、介護、姑・小姑との葛藤、等々である。こういうディテールが実にスリリングに絡み生きてゆくところ、作者の力量を感じさせられる。

 古臭いテーマを日本のよくある家庭という日常レベルまで引きずり込んできたところがこの作品のポイントであろうか。まさに一気読みしてしまった。

(2003.06.21)
最終更新:2007年09月30日 12:26