海馬を馴らす


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原題:Taming a Sea-Horse (1986)
著者:ロバート・B・パーカー Robert B. Parker
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1987.8.15 初刷 1991.3.15 4刷
価格:\1,600

 『儀式』の続編。と言っても、当の『儀式』を最後にスペンサーを読み続けるのがしんどくなってしまった過去のあるぼくのことであるから、読み始めるに当たって『儀式』の続編ということは、ぼくにとっていい印象であるとは言えない。

 にも関わらず『キャッツキルの鷲』において一応決着を見たスーザンとの葛藤に、もはや引きずられることなく、探偵スペンサーがきちんと事件を引き受けてゆくということは、シリーズとしてはとてもいいことだと思うし、今でも当時の読者たちのほっとした表情が目に浮かんでくる。

 かく言うぼくにしても、『儀式』でいったん読みやめたのはそれなりに妥当で自然であったと未だに思っているし、その後数冊のスーザンとの葛藤編をクリアして、事件そのものの持つエンターテインメントとしての価値のほうにシリーズがようやく方向を修正してくれたことの方は、どちらかと言うと痴話喧嘩よりはハードボイルド・ストーリーを純粋に好むぼくのような読者にとっては有り難い話である。

 本書では前作までの余韻を引きずりながらも、スーザンとのこれまでの経緯を今後への取り組みの資産に変えようというスペンサーの肯定的な感性(ある意味でぼくはこういうところは感覚的には嫌いなんだけれど)、それにも増して自分の仕事や生活の有りようを元に復帰させようという彼のメンタルな努力が見えてくる点は、本書の持つ価値であるかもしれない。

 聞き込みの過程で知り合った売春婦ジンジャーの救いのない生涯に正義の怒りを感じたスペンサーが敵の巣窟に執拗に迫ってゆき、『儀式』では一方のヒロインであったエイプリル・カイルを救おうとする。エイプリルに対してはポールに対しての如く、つまり父親のごとく、心の氷を溶かそうとでもするかのような誠実さを見せる。このあたりはスペンサーのスペンサーらしい部分。『キャッツキルの鷲』が出来損ないに見えてくるほどシリーズの復活を感じさせる作品として、本書はまず記念されるべきポジションに今もなお立っているのかもしれない。
最終更新:2006年11月25日 00:42