蒸発した男



題名:蒸発した男
原題:The Man Who Went Up In Smoke (1966)
著者:マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー Maj Sjowall and Per wahloo
訳者:高見浩
発行:角川文庫 1977.5.30 初版 1993.11.10 8刷
価格:\560(本体\544)

 読みやすい文体だと思ったら英訳版の重訳であったわけね。だんだん原版の癖や個性が削がれて、どんどん読みやすくなるのかな、重訳って。ま、それはともかく……。

 一作目に較べると何だかとても冒険小説みたいで、先に解説など読むと、作者が「フォーサイスは特別な人を、自分たちは普通の人を描こうとしている」みたいなインタビューがあり、この言葉自体が本書のミステリーの核の部分だと言えるかもしれない。

 まさに舞台は東ヨーロッパ、ハンガリー。つまりあの傑作『悪童日記』の舞台といえば、それだけである主の緊張感が、ぼくなどは背筋に走ったりもする。そういうところにスウェーデンの刑事が失踪者を探しに出かけてゆくってだけで、何とはなしにチャーリー・マフィンものの幕開けを見ているかのような書き出し。

 まあそうした亡命物語みたいな謎が、実はこれ警察捜査小説であるというように見えてくる環境の変化のようなものを、この本では楽しむべきなのだろうか? 結末は驚くほど肩透かしに満ちているけど、わかりました、この本は 87 分署と同じ読み方をすればいいんだ。つまり捜査というドラマに従事する主役たちを読む。

 事件というものはドラマに満ちているし、それがスウェーデンであろうとハンガリーであろうと、時代がいつであろうと、ぼくら読者の興味を引き続けているこの事実が、マルティン・ベック・シリーズの息の長さの理由であるのかもしれない。

 事件とその捜査というあらゆる意味での過程小説。これが物語の人間的なエッセンスになっているんだ、って改めて感じさせられてしまった。

 ただし前作に較べるとワンポイント・ダウンの評価です。これは作品全体のバランスのが悪く感じられたからです。

(1994.05.15)
最終更新:2007年09月25日 23:23