硝煙のトランザム




題名:硝煙のトランザム
原題:Transam (2001)
作者:ロブ・ライアン Rob Ryan
訳者:鈴木 恵
発行:文春文庫 2003.08.10 初版
価格:\933


 前作は『9ミリの挽歌』であり、<文春パルプ・ノワール>のシリーズであったが、本作は、ぐっと冒険小説の方面に傾いた。スティーヴン・ハンターに近い元兵士たちによる、ハンターほどストレートではない物語。ハンターほどヒーローに恵まれない話。元々、ロブ・ライアンという作家は、アンチ・ヒーローに傾斜しているのかもしれない。

 のっけから食いつき難いほどに多種多様な物語が併走する。赤ん坊の夜泣きに苦しむ夫婦。少年野球に熱を入れた結果、地獄を見ることになる夫婦。東欧からやってきたらしい謎の隣人。トレーラーパークのシングル・マザー。ソマリアで<ブラックホーク・ダウン>を経験した隣人のギター弾き。人身売買組織。証人ともども空港で銃撃された捜査官。組織から獲物をあてがわれ続ける謎のサイコ野郎。

 ジグソーパズルの破片が徐々に嵌め込まれてゆくことでできあがる一大地獄絵図が見えてくるまでに、途方もないページが費やされる。過去と現在。仮名と偽名。正体不明な悪党たち。過去からの亡霊たち。いくつかの戦争が産み落とした奇怪な奴ら。

 よく考えて見ればリンクし過ぎる、あるいは出会い過ぎるという傾向にあるような気もするが、視点の頻繁な切り替えと、テンポのよい展開に次々とぺージを繰る手が止まらなくなる面白さがある。北米大陸を舞台にした展開とは言え、イギリス作家ならではのお家芸と言えるかもしれない。

 本書の最大のテーマは、幼児失踪事件と、わが子を失わんがために直線的な戦いを挑む母親たちの狂気にも近いラディカルな行動力だろう。歴戦の勇者どもや殺しのプロたちをを凌駕する母親たちの決断力やわが子への一途な愛が、ひたすら描かれてゆく。凝縮すれば二人の女たちの戦いの構図と取れないこともない。

 ラスト・シーンは物議を醸すだろうと思われる。母親たちを描きながら、アメリカ作家のように決して甘ったるさを出さないこの辛口度合を、何と表現したらいいだろうか。このあたりが作品の評価の分岐点であるかもしれない。

(2003.09.28)
最終更新:2007年09月25日 22:22