餌食




題名:餌食
原題:Certain Pray (1999)
作者:ジョン・サンドフォード Jhon Sandford
訳者:北沢あかね
発行:講談社文庫 2003.2.15 初版
価格:\990


 ミネアポリス市警警部ルーカス・ダベンポートのシリーズ最新作。初作である『サディスティック・キラー』が新潮文庫から出版されて話題になったのは1993年の話。シリーズはその後、早川書房に移り、ハードカバーという痛い価格帯でばたばたと続編が出たのだが、これがさほど話題に登らず、ついに文庫書き下ろしに戻した形で『一瞬の死角』が登場。間を置いての復活だったせいか、それを最後に姿を消したと思いきや、シリーズ数作品未訳で飛ばされたまま、講談社文庫がこのような形で再登場したということになる。

 このシリーズをそれなりに楽しみに追ってきた身にとっては、前作、前々作あたりのダベンポートの破天荒ぶりがわからないため、一度警察を辞めたらしいこと、ソフトウェア会社を売却したらしいこと、など新作で突如言い渡されることになり、少々つらい。

 現在はダベンポートは市警副本部長にのし上がっていながらも、相変わらず一匹狼のゴージャスぶりも健在である。市警本部長の権力の強烈さを『刑事マディガン』で味わった直後なので、市警副本部長が本当にこれでいいのだろうかとの疑惑はあるが、こちらはお気楽なユーモアに満ちた純粋娯楽活劇であるからして、詳細は不問にしておくべきだろう。

 本シリーズの特徴は、強敵、宿敵と呼べるだけの十分に手強い犯罪者とダベンポートとの知略を尽くしての対決、というところにあり、シリーズのどの作品もその構図を純粋に楽しむことができるというところで共通している。ある意味、余分なことを考えずに、ダーティハリーでも見るような気持ちで、ピュアに愉しんでいただきたい警察小説シリーズなのである。

 本書では、女殺し屋と女弁護士の二人組の冷酷極まる犯罪に、ダベンポートが挑むというもの。逃走の側と追跡の側という明確な構図は相変わらずで、逃走の側の二人の女性がそれぞれに強烈な個性を持ち、次々と殺人を重ねてゆく迫力が凄まじい。暴力から証人を守るスリリングな展開と、直感を武器にともかくゲーム感覚で追い詰めてゆくダベンポートの姿、その変わらぬ破天荒ぶりが頼もしい。

 一種のヒーローものでありながら、少しオフビートなところのあるダベンポートは、コンピュータ・ゲームの作家で、なおかつゲーマーである。資産家であり、ポルシェで出勤し、飛行機をことのほか怖がる。生活のために働く必要は皆無であり、警察捜査は趣味でやっているような部分がある。ある意味、犯罪者を追い詰めることが生き甲斐であるような、少し病的な男。

 そういう個性豊かな警部に個性豊かな同僚たち、それ以上に印象深い犯罪者たちを扱って、健在なシリーズ。もっともっと全作品が翻訳ベースに安定して乗ってくれると嬉しいのだが。

 【付記】です。

▼主人公のルーカス・ダベンポートは、悪党パーカーシリーズの大のファンらしい。作中で、悪党パーカーシリーズが復活したと言って喜び、すぐに読書にとりかかっている。市警副本部長が、犯罪者パーカーのファンというところが、ちょっとおかしい。

▼この作品は翻訳がベランメエ調というか、非常に柔らかいのだが、北沢あかねという翻訳者は、元映画の字幕翻訳者であったらしいと聞いて納得。文学的とは言えないが、妙に乗りのいい翻訳だ。こういう活劇作品には小難しい翻訳よりも、こうした軽快な訳文がフィットするように思う。

 そう言えば、映画の字幕翻訳者でありながらミステリも訳す人と言えば、ぼくは即座に清水俊二を思い浮かべる。チャンドラーやスピレーンの、比較的美味しいところを持っていった翻訳者ということで有名だ。もちろん幾多の映画でも有名だが、軽快な翻訳と言うよりはずしりと重たいハードボイルドの王道の部分を翻訳したことで、例のフィリップ・マーロウの美味しいセリフ「男はタフでなくては……」に関わることができたわけだ。映画翻訳者は、概して会話部分の日本語訳に抜きん出ているような気がする。

(2004.01.12)
最終更新:2007年09月25日 01:11