冬の獲物




題名:冬の獲物
原題:Winter Prey (1993)
作者:John Sandford
訳者:真崎義博
発行:早川書房 1996.6.15 初版
価格:\2,000


 ルーカス・ダヴンポート・シリーズ最近では「獲物」シリーズとも呼ばれるこのシリーズだが、前作でひとまずベッカーとの闘いに終止符を打って田舎に引っ込んでみると、とりわけシリーズにする必要性を感じない。しかしせっかくシリーズ最高作との版元の謳い文句が刷り込まれた帯なのだから、それなりに味わってやろうじゃないのとのすが目でぼくは、自分の中でも最近とみに評価の下がりつつあるこのシリーズ第5作に取りかかった。

 この作者の長所はシリーズとしての主人公にではなく、むしろ悪役にあると常々思ってきたのだが、この作品の悪役は例によってまたも強敵である。シリーズのサイコ・キラーはことごとく理性的で捜査陣をうまく欺いてゆくタイプなのだが、この悪役はまず姿が見えない。フーダニットのミステリーというのはシリーズでは初だと思う。その点が驚きである。

 その上サイコパスと言うよりは、ホモ、幼児愛好などの異常性愛者というべき殺人鬼であり、自分が逃げ延びるためには冷酷に殺人を重ねることができる。なんだかアメリカのミステリ界での流行の要素をふんだんに取り入れただけの作品に思えるが、この本を盛り上げているのは、なんと言っても吹きすさぶ雪、そして零下20~30度にも及ぶ寒気なのだと思う。

 夜を走りまわるのは四駆車とスノウモービルであり、そしてだれもが顔なじみの片田舎の、史上殆ど初めてとも言える惨劇であることなど、これまでの獲物シリーズには見られない舞台設定が、今回はなかなか見ものであると思う。

 サンドフォードという人は、もともとエンターテインメントの方向にかなり偏ったサービス精神旺盛の作家なので、基本的にはページターナーなのである。その良さがけっこう目立っている作品だと思う。でも例えばディック・フランシスやデイヴィッド・リンジーのようなプラス・アルファがあるのかと問われれば、やはり素直に肯くことができない。新幹線の中で読むノベルスにしてはかなりの線で面白いように思うけれど、ハードカバーが似合うシリーズだとは、今もって思えないのが、ほんとうにいつもいつも残念なところなのだ。

(1996.07.29)
最終更新:2007年09月25日 01:02