赤い罠



題名:赤い罠
原題:A RED DEATH (1991)
作者:WALTER MOSLEY
訳者:坂本憲一
発行:早川書房 1994.9.30 初版
価格:\1,500(本体\1,456)

 チャンドラー派の正当ハードボイルドの系譜を垂直に時代に沿って 1990 年代へ辿ると、おそらくこの人に到達するのではないか、と思わせるのが、このモズリーという黒人作家であり、このイージー・ローリングスという素人探偵のシリーズである。

 前作が『ブルードレスの女』でこれだPWA/CWA賞の最優秀処女作賞をダブル受賞、おまけにクリントン大統領が絶賛、映画化も進行中という作品で、ポケミス扱いだったのが、最近妙にハードカバー化の多い早川書房で、これまた右へならえ。残念だが、これでモズリーが読まれるなら、ぼくは耐えようかと思う。

 次作が『白い蝶』で、何とその次の次の作品までタイトルが決まっているというこのシリーズはタイトルの<色>が特徴。

 そしてこの作品自体も黒人の主人公ならではの<色>がストーリーに大きな錨を与えて作品をどっしりと確たる位置に据えているように思う。増してや、前作が1948年、本作がその5年後の1953年という設定。赤狩りの風が吹き荒れ、それこそがこの本のタイトルの由縁であろうと思われる。

 主人公は大戦に参加し、ヨーロッパの解放に伴いホロコーストを目の当たりにしてきたという経歴を持つ。いわゆる自分の父たちの世代であり、自由のための闘いを黒人として闘い、未だにケネディやマーティン・ルーサー・キング牧師が公民権のための闘いの犠牲になっていない時代である。ナチに取って代わったコミュニズムというアメリカ社会の敵が、アメリカの自由の名の元に駆逐されようとしていた時代である。

 こういう社会背景をしっかりと描きながら、錯綜した人間関係の中で、様々なものに行き合い、さまざまな死体に出くわす主人公の物語。この錯綜の仕方、しかもスリリングな化かし合いはロス・トーマスのコンゲーム小説めいた雰囲気を持っていて楽しいし、しかも語り口はモズリー独特の巧さを持っている。

 ストーリーは人物が練れてきた分、前作より遥かにぼくは傾倒できた。主人公の苦悩する下りはこちらが酒に手を出したくなるほど良かった。深かった。

 登場人物が多いし、彼らのスタンスもほとんど前作から引き継いでいるので、前作から続けて読まれることをお勧めしたい。ハードボイルド・ファン必読のシリーズであると思う。

(1994.10.10)
最終更新:2007年09月25日 00:33