ブルー・ドレスの女







題名:ブルー・ドレスの女
原題:DAVIL IN A BLUE DRESS (1990)
作者:WALTER MOSLEY
訳者:坂本憲一
発行:ハヤカワ・ミステリ 1993.9.30 初版
価格:\950(本体\922)

 原題は『ブルー・ドレスの悪魔』なんだけど、まあそれほど悪女ものという印象はなかった。むしろ 1948 年という、ぼくの生まれる以前の、いわゆる大戦後に時代を設定した点が珍しい。また作者のモズレイは自分と同じ黒人を主人公に据えているばかりか、舞台となるほとんどの場所が、プロレタリアートの黒人街であるから、それなりの特殊な凄味というものが全編を覆っていることになる。

 CWA、 PWA 処女長編作家賞などを受けている作品で、読んでみるとなるほどと思わせる、素人離れしたハードボイルドの味がある。

 一気に読めばもっと面白いのだろうが、遅読のぼくは何度かに分けて本を開く。そのたびに困るのは、この本のように、登場人物が速いテンポで入れ替わり立ち替わり登場するタイプの小説だ。頭の中がごちゃごちゃになって、眠気で朦朧とした夜更けには、突然迷路を彷徨うことになってしまった。

 昔、ハメットの『マルタの鷹』でこうなったことがあるなあ、などと思いつつ、最後の最後で、本当にこれで終わりなのだなと確認しつつ巻を閉じる、何となく複雑な気配。しかも最初から続き物であることを匂わせて、もと機械工であった黒人は無免許私立探偵へと変身を遂げてゆくのである。

 今の時代を描いた小説と違って、主人公は大戦でベルリンへ進軍した経験を持つ。ホロコーストを目の当たりにした経験も。その辺りを夢枕に忍ばせながら、不自然なところのない探偵業を繰り広げるのだが、さらに残忍かつハードな信頼の寄せられぬ相棒の存在が、ストーリーに横から激しい緊張を与えていた。

 物語性と人間味では、ぼくはツィマーマンの方が好きである。しかし独自性と完成度では、明らかにモズリイの勝利だな。

(1993.10.08)
最終更新:2007年09月25日 00:43