使命と魂のリミット






題名:使命と魂のリミット
作者:東野圭吾
発行:新潮社 2006.12.05 初版
価格:\1,600



 ここのところの東野作品とは少し違った娯楽色の強いサービス作品のようなイメージがあるのは、『天空の蜂』に似たクライシス・アクションの傾向が目立つからだろう。医学サスペンスという意味では、心臓外科のACバイパス手術をよくぞここまで専門的に描写したと誉めたいくらいによく調べてあるのだが、この辺りは多少専門的分野を齧った人ではないと判断のしようがないか。麻酔の導入の仕方にデリケートなミスが見られるけれど、ほとんどが凄まじい下調べの努力を感じさせるくらいリアルなものだった。

 それはそれとして『天空の蜂』でも書いたように、私は、あまりこういう大型犯罪ものは好きではない。できればもっと小さな何気ない犯罪を書いていってもらいたい、というのが希望である。せっかくの医学サスペンスの持つ精緻さも、犯罪者の用意する劇場型とも言えるほどの下準備や完璧な作戦というものが、あまりにも大掛かり過ぎて、大時代で、着いてゆけない、っていうのが、本音なんである。

 それでも、サスペンス軸の部分に関して言えば、さすがにいつもの東野節がしっかり芯を通していて、次々と明らかになる人間関係の裏面史は、それなりに『天空の蜂』の頃よりもずっと読み応えがあり、ヒロインである女医とはぐれ刑事の縁や、家族関係の複雑さ、病院内関係のデリケートさなど、ちょっとしたところに薬味が効いていて、どれ一つとして疎かにしていない書きっぷりは、やはりこの作家の熟練を感じさせてくれる。

 全体を見るとアメリカ娯楽映画を見ているかのような似非ヒューマニズムやご都合主義というようにも取れるのだが、あくまでそうした正論をかなぐり捨てて、ヒロインが、警察官である父、また上司である外科医の仕事ぶりに感化されてゆくというあたりに着地してくれるところが、いわゆるアメリカより少しばかり優れているだろうと誇りたい、日本的誠実さいうことになるのかな。

 いつも誠実な作品を書く東野圭吾の、それらしい作品なのだけれど、やはり犯罪そのものは、もう少し地味に、抑え目に、現実的にお願いしたいと思うのであった。

(2007/09/24)
最終更新:2007年09月24日 22:40