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ボストン・シャドウ





題名:ボストン・シャドウ
原題:The Strangler (2007)
作者:ウィリアム・ランデイ William Landay
訳者:東野さやか
発行:ハヤカワ文庫HM 2007.07.25 初版
価格:\980


 1960年11月23日、アメリカ中がジョン・F・ケネディの暗殺のニュースで悲嘆に暮れる中、ボストンの町でこの物語は幕を開ける。ボストン生まれの三兄弟を軸とした、ボストン暗黒史。時には、エルロイのように、時にはマリオ・プーヅォのように、壮大なビルディングス・ロマンが、じっくりと描かれる。

 軸は、三兄弟である。ミステリアスな殉死を遂げたボストン警察殺人課の父の遺子である三兄弟は、長男の刑事ジョー、次男の検事マイケル、三男の泥棒リッキー。それぞれがあまりに異なる性格と感性と行動パターンとで、ボストンの闇を掻き回してゆく。時には濁流に呑まれるように、時には砂塵を掻き分けるように、時にはアスファルトを走り抜けるように。緩急をつけて。それぞれの抱え込んだ闇の巨大さに呻きながら。

 時に現実の歴史と物語の虚構とが、彼らの思いを絡み取り、混沌に投げ込まれた真実は途方もなく溟いさなかにあり、何もかもが血の悲鳴を挙げている。ギャングたちに抑え込まれた街。狂って行くのは、少年たちであり、再開発の波に解体されゆく家々であり、警察組織に蔓延る腐敗である。1952年を舞台にエルロイが描いた暗黒の街と、1960年にランディに描かれたボストンは、共鳴するかのようだ。少なくとも読者は同じ種類の闇を歩くことになるだろう。ここは決してスペンサーの住む、再開発後の洒落た都会などではない。

 実際の事件としては、ボストン絞殺魔事件が三兄弟の運命に、大きな影を落としてゆく。ストラングラー(絞殺魔)による老女連続殺人事件は、アルバート・デサルヴォという実在の自白者によって解決を見るが、どう見ても警察が、街が、政治が、事件をさっさと丸く治めてしまおうという、おざなりでふざけたものだった。狂ったデサルヴォは別の事件で無期刑に処されるが、ストラングラー事件は結局のところ闇に葬られる。

 一方で、父の死に疑惑を抱くマイケルは、公には絞殺魔を追う立場に就きながら、心は常に父を殺した真犯人、その容疑者である独りの警察官を追跡し続けてゆく。一方、タフガイであるジョーは、ギャング組織のナンバー2ヴィンセント・ガルガーノに徐々にがんじがらめにされてゆき、破滅への崖を転落してゆく。

 ここでのジョーは、まるでゴッドファーザーのソニーのようであり、ボストン絞殺魔事件は、リッキーやマイケルにとり、大きな犠牲を伴わざるを得なかったブラック・ダリア事件のようでもある。アメリカの戦後のこの時期を捉えると、多くの闇が、都市という都市を覆っていたのではないかと思われる展開の背景に、ケネディ暗殺があり、軍部の台頭があり、ギャングの成熟があり、トンキン湾事件があって、すべてはヴェトナムへと肥大してゆく、悪と暴力の種子となる。

 アメリカ現代史が決して避けて通ることのできないこの時代の、黒々とした異常な闇を貫いて、マイケルのようなデリケートな人間が、徐々に自らを戦いと血の中に投じてゆく変化こそが、アメリカの真の悲劇であるようにさえ思われてくる。兄弟がある時代や事件を通して急激に変わり行く姿を通して、壮大なうねりのようなものを体感させてくれる、これは見事なまでの大作だ。一作目を凌駕して、さらに魅せてくれたランディという新しい作家の、ふたたびの傑作と言っていいだろう。

(2007/09/24)