年に一度、の二人





題名:年に一度、の二人
作者:永井するみ
発行:講談社 2007.03.06 初版
価格:\1,500




 永井するみに関しては、これまでミステリー作品限定で読んでいるのだが、殺人とも犯罪とも一線を画したこうした恋愛小説も書いている、とは、読んでみるまでは想像の内でしかなかった。もっともこの作家のミステリーは、ほとんどが恋愛小説としても読み解けるし、他の女流ミステリ作家と並び、女性小説という側面も強いと思う。恋愛小説も女性小説も、等しく時代を映し、世相を表すという意味で、同義に近い部分を感じるのだが、永井するみという作家の場合、特にその傾向は強い。

 本書は、三つの中短編連作作品集。雑誌発表のものを集めたというよくある形式ではなく、書き下ろしであるために、最初から一冊の本を目指して書かれたものであるというところに、作者の思いの強さを感じる。いずれも香港のハッピーバレー競馬場を軸に持ってきた作品であり、いずれのタイトルも競走馬の名前が冠せられている。

 最初の中篇『シャドウ』は、香港で年に一度の浮気を楽しむ上流家庭の主婦の物語。職業もインテリア・コーディネイターと、いわゆるカタカタ職業であり、夫は耳鼻科医という何不自由ない生活を営んでいる中、唯一の気がかりは、一人息子の事ばかり。今風のトレンディ・ドラマとして受けそうな、とてもお洒落でスタイリッシュな透明さを感じさせる、清潔感溢れるリリカルなラブ・ロマンスである。この作品だけであれば、本書は薬味のない甘ったるいソフト・ドリンクで終わってしまったかもしれない。

 次の中篇『コンスタレーション』も、お洒落で都会的なラブ・ロマンスである。陶芸の販売促進に携わる若きヒロインが、自分の未来と結婚を託す恋の相手として、論理的な相手と、衝動的で不確かな相手との間で、思い悩む姿を描く。最後の最後に結論を出さずに寸止めで終わるのも、書き下ろし作品集でなければ通用しない技であるかもしれない。

 ラストの短編『グリーンダイヤモンド』は、日本行きに憧れる若きホテルマンの憧れと恋を描きつつ、ハッピーバレー競馬場のあるレースを題材にして、前ニ作品のそれぞれの恋の行方を示してゆく。それも互いの登場人物をそれぞれの偶然と必然により、少しずつ関わらせながら。

 三つの物語は、とても曖昧なことを語ろうとしているかに見える。人間は、自分の立てた計画通りに生きることはなかなかできない。ましてや、他人を思い通りにすることなんてそれこそできやしない。たとえ家族であっても、恋人であっても、血を分けた息子であっても、彼らを自由に意のままにすることができない。時には理解さえできず、救ってやることすらできない。

 人は知らず他者を傷つけ、時に自分に不利益な選択をすることがある。そういう不条理で不確かな生き物だからこそ、人生の一瞬は、時に美しくかけがえがない。そうした一瞬のために、計算された人生が大きく揺らぎ、新しい道が開けてゆくこともあるのだ。本書でのハッピーバレー競馬場での一レース、一レースは、そうしたかげなえのない一瞬であり、物語の中で何人かの人生に、大きな転機を与えてゆくことになるのである。

(2007/09/16)