白夜行






題名:白夜行
作者:東野圭吾
発行:集英社 1999.8.10 初版 1999.8.28 2刷
価格:\1,900

 松本清張の『砂の器』などを読むと、罪を犯してしまう犯罪者以上に、犯人を育んだ時代そのものの屈折を感じる。『砂の器』ではハンセン氏病患者への差別ということから暗い旅を強いられる主人公の姿が鋭利に描かれていた。

 松本清張の新作を楽しみにしていたが殺人事件の発生によって休暇を奪われた刑事……という書き出しには、巨匠の踪跡を追うかのような東野圭吾自身の意気込みを感じた。

 そしてこの作品は犯罪者そのものの屈折を描き出しながら、そうした犯罪者を生み出した時代そのものの屈折とそこに蠢く人間たちの姿をまるで悪の年代記のように衝撃的に綴ってゆく。時代そのものの悪というものがあまり感じられないのは、清張の時代とは違って、高度成長期からバブルへと向かう淀みも似た昭和の終わりという要素が大きく反映しているのではないかと思う。

 とは言え貧富の差、人間のとりどりの生きざまを多くのエピソードの中に描き出す筆力には感心させられた。主筋は、ある病的な人間たちの悪の遍歴なのだが、彼らを描くことなく、彼らに関わる周囲の人間たちを描くことによって、彼らの薄気味の悪さを際だたせている。このことがこの小説の凄みと奥行きを産み出している気がする。

 よく考えるとあまりにも天才的な犯罪の数々と、出会いの都合の良さなどは不自然極まりない感じはするのだが、それ以上に時代の描写、日本の戦後史などが躍動するように描かれている。だから、時代の淀みに漕ぎ出してゆこうとするいくつもの人間たちの生きる激しさ、誠実さの方が目立つ気がして、ぼくにはこの小説が読者の心を引くとしたらそちらの方だろうな、としか思えない。

 ぼくはこの作者クライシス・ノヴェルの『天空の蜂』しか読んだことがなかった(これは冒険小説として傑作だった)。『白夜行』はまるで気配も文体もテンポも違う小説である。だから本来この作家がどんな作家なのかぼくには今もってわからない。『白夜行』に限って言えば、ミステリーにビルディングス・ロマンの味を加えた読み応え十分の一冊であった、としか言いようがないのである。

(1999.09.08)
最終更新:2007年08月27日 21:20