幻夜





題名:幻夜
作者:東野圭吾
発行:集英社 2004.01.30 初版
価格:\1,800




 一年前に図書館に予約していた本が今ごろになって読める。人気作家とは言えなぜこれほどと思うのだが、内容が分厚く、しかもじっくり読むタイプの大河ミステリといったところに原因があるのかもしれない。

 『白夜行』の味を忘れられない方にもう一冊といったかたちの、非常に似通った物語であるが、阪神淡路大震災を発端に、どこから現われたかわからない謎の美女に弄ばれる数奇な人生というのが、この作品のメイン・ストーリーである。戸籍を消したり、他人に成り代わったりする話と言えば、松本清張の『砂の器』が有名だが、戦後の混乱期ではなく災害にその起点を持ってきたわけだ。現代のわれわれが読む新しい『砂の器』として人間の心の底に息づく暗渠の深さだけは、変わることがなく徹底して恐ろしい。

 女性が美貌と才知を利用して成功してゆく物語としては同じ清張の『黒革の手帖』なのだろうが、これもまた現代のニュー清張としての存在感を示したかったのか、非常にオーソドックスに東野のペンが独特の視点で紡いでゆく。多くの登場人物を描きながら、真実を知らされているのは読者だけといった視点で。しかもそれが明確な謎解きではなく、どこまでも暗喩の形であるだけに、常に読者の心に深い疑惑を植えつけながら物語を進めてゆく、このストーリーテリングの才は瞠目すべきところがある。

 ただこの手の物語にありがちなオーソドックスさ、大上段に構えたようなクライマックスと、ブラックな結末、どれもが意外性に乏しく、むしろディテールを楽しむ面白さだけで引きずられてゆくところが印象としては薄口と言わざるを得ないし、『白夜行』で出し切ってしまった世界観の再上映といったところも興趣を削ぐ。

 何よりも完璧すぎる悪女の手腕に運命までもが味方してゆくというスムースさが、現実感に乏しい気がして、ぼくのような読者には少しサービス過剰と映る。連作短編のように犯罪を積み重ねるよりは、それこそ『砂の器』のようにたった一つの犯罪に焦点を絞ったほうが重厚感という意味でインパクトが強かっただろうと思われる。

 とは言え、このような大河ミステリを構成するその精緻なプロットには恐れ入る。一読の価値ありと言わざるを得ない。

(2005.04.03)